最近、気になっているのですが…。

犯罪報道の中で、逮捕された犯罪者(容疑者)の職業が「無職」となっていること。これがかなりの高齢者ならばわかるのですが、30歳代、40歳代で妙に目立っているような気がしてなりません。中には無職ではなく「アルバイト」なんて職業が書かれていることが多く、昭和世代の人間にとっては強い違和感を感じます。

就職氷河期だった世代がこの年代になっているのは、長い間人を教える立場にあって、優秀な教え子たちが就職できなかったり、聞いたことのない会社に就職するのを見聞していましたから、ある程度の予測はついていましたが、ここにきて、妙に彼らの生きざまにリアルを感じているのです。

もちろん、30歳代、40歳代で無職だったりアルバイトや派遣社員だったりした者が犯罪者予備軍となるわけではありませんが、その屈折した気持ちが犯罪に走らせているというのは、合理的な説明の一つであると思うのです。

人の一生の中で一番お金を使う時期というのはいつだかわかりますか?ほとんどが40歳代から50歳代前半なのです。つまり、子供に一番お金がかかる時期に重なります。この辺は万国共通でして、この世代の人口構成の推移で景気予測もできるのです。

この時期に「結婚して、子供がいて、定期的な収入があって、家を買って」という大きな消費イベントがあるからこそ景気が維持されるのです。

定職がなければこうした、(俗に言う「世間並」)ルートから外れるわけですが、年齢を重ねるにつれ非正規の仕事も少なくなり、消費活動という景気指標の分子からも外れていくのです。

こうしたことに対する疎外感(「友がみな我より偉く見える日よ」的な)を、世間的に孤立したまま埋めようとするのは宗教にでも逃げない限り不可能ではないでしょうか。

どこかの国の首相みたいに非正規雇用ばかり増やして雇用が大幅に改善されたとアホなことを言っている場合ではありません。経済的疎外だけならば生活保護でなんとかなりますが、精神的な疎外感だけは小手先の政策だけでどうなるものではありません。

先ほど「逃げる」という言葉を使いましたが、こういうことこそ宗教人が活躍すべき所ではないかと思うのです。寺の「経営」なんて言葉を使っている場合じゃないんですがね。

自分の殻に閉じこもっているだけならともかく、何かの拍子で外に向けて暴発することを止めることを考えないと…。「昼間からブラブラしている怪しい人」だけで済まされません。

一日一度でいいから、他人を笑わせようよ。それができなければ、一日一度でいいから自分が思いっきり笑おうよ。

私が思いつく処方箋はこんなものしかありません。