よくルーチンワークと言われるルーチン(routine)という単語にはそれ自体で「日常の仕事」という意味がありますが、それ以外に「ありふれた」とか「退屈な」といった形容詞の意味もあります。

日々決まった手順で行う作業を続けたら、そりゃ他から見れば「ありふれて」やっている本人にとっては「退屈」になるわけです。

ただ、こいつが不思議な魔力を持っていまして、同じことを続けていれば失敗もないし、それに見合った報酬も手に入るので、ついついここから抜け出せなくなってしまうのです。私はこれを「ルーチンの罠」とよんでいます。

じゃあ、単純にこの罠にはまらないようにするのがいいかというと、これもまた正解と言い切るのは難しいのですね。

この罠は動物園の檻と同じでして、トラやライオンのような強い動物にはそこから逃げないような、リスやシカなど弱い動物には保護する役割を持っていると考えられます。

つまり、はみ出しそうな時にはそれを抑制する役割もあるのです。ですから、うまくルーチンを使っていけばいいのですが、守られるべきと考える動物を檻に入れると却って寿命を縮めてしまうように、ルーチンに浸っていると「茹で蛙」状態になることも肝に銘じ無ければいけません。

その「茹で蛙」状態を私は「陳腐化」と考えています。どんな先進的なものでも時が経つと陳腐化していきます。そうなる前にこの罠から抜け出して平原を走り回ってみることが大切なのではなかろうかと。

本業もそうですが、出稼ぎ先での自分の授業もその意識を忘れてはならない。最近そう思うのです。