先ほど前職の時、教えていた生徒が近くにきたので会いたいとの電話があり、会ってきました。
彼は6年前に、高3の授業で教えていた生徒でした。この度就職の内定をもらったので挨拶がわりに会いに来たとのことです。私が退職して一別以来5年あまり。電話を受け名前を聞いたときには一瞬???と思いましたが、わざわざ訪ねてきてくれたことを本当に嬉しく思います。
自宅近くのモスバーガーでコーヒーを飲みながらひとしきり昔話をしました。就職すれば愛知県に行くということなので、もう2度と会うことがないかもしれません。
長いこと受験関係の仕事をしてましたので(今でもしているが)就職氷河期の教え子が優秀なのにも拘らず、思うように社会での活躍の場を与えられてこなかった姿も見てきました。そのせいか、自分の子供を社会に出すがごとく、いや、それ以上にその優秀さを知っているだけに社会に活躍の場を与えられた彼らの姿は、私にも誇らしく感じるのです。
先日もアドレス変更メールが10年前の教え子からきました。
忘れられているはずと自分は思っていたのですが、彼ら・彼女らの記憶からも、アドレス帳からも自分が完全に消えていないことを知るにつれ、彼らに恥じない生き方をしなければという思いを強くするのです。
これはこれで、私にとっては結構なプレッシャーになるのですが、これは一生の荷物として背負っていかなければなりません。
彼は6年前に、高3の授業で教えていた生徒でした。この度就職の内定をもらったので挨拶がわりに会いに来たとのことです。私が退職して一別以来5年あまり。電話を受け名前を聞いたときには一瞬???と思いましたが、わざわざ訪ねてきてくれたことを本当に嬉しく思います。
自宅近くのモスバーガーでコーヒーを飲みながらひとしきり昔話をしました。就職すれば愛知県に行くということなので、もう2度と会うことがないかもしれません。
長いこと受験関係の仕事をしてましたので(今でもしているが)就職氷河期の教え子が優秀なのにも拘らず、思うように社会での活躍の場を与えられてこなかった姿も見てきました。そのせいか、自分の子供を社会に出すがごとく、いや、それ以上にその優秀さを知っているだけに社会に活躍の場を与えられた彼らの姿は、私にも誇らしく感じるのです。
先日もアドレス変更メールが10年前の教え子からきました。
忘れられているはずと自分は思っていたのですが、彼ら・彼女らの記憶からも、アドレス帳からも自分が完全に消えていないことを知るにつれ、彼らに恥じない生き方をしなければという思いを強くするのです。
これはこれで、私にとっては結構なプレッシャーになるのですが、これは一生の荷物として背負っていかなければなりません。