今日は私立中学の受験日ですが、私大入試は既にはじまり、高校入試の推薦入試は終わりましたので、当然不合格者が出てくるのであります。(「全員合格」なんて塾の合言葉はパチンコ屋の「赤字覚悟の大出玉」というのと同じで「頼朝幼少の時のしゃれこうべ」同様に信ずるに値しないことの代名詞です。もっとも、後者は最近様々な規制がかかってこんなこと言えなくなっていますが、塾産業は法規制も天下り先もないので相変わらずのままです。)
今の段階では泣くような連中は出てきませんけど、今月も半ばから末にかけて阿鼻叫喚の世界が出現するのは例年の通りです。
不合格者への接し方はいろいろあるのですが、私はとにかく「普段どおり」を心がけています。
本音を言わせていただければ、本当によく勉強して不合格になる生徒は希でして、不合格者のほとんどは、何かしらの問題点をかかえていながら、それを改善するのを怠っていたために不合格となったのです。要は自己責任なんでして、その怠慢を追認するような言葉をかけるのは、大人として無責任だと思うのであります。
私は生徒にこんなことを言うんです。
受験の神様は自分の心の中にいるんだ。人を不幸にしたいと思っている神様はいない。だから、自分が持っている受験の神様に嘘偽りのない努力をしてきたと言えるならば、助けてくれる。
それでも、不合格の時は、神様はアンタが受験した学校はアンタが幸せになるにはふさわしくないって言われていると思いなさい。
努力の二文字が結果に結びつく可能性が高いのは学生時代だけでして、報われない努力のほうが人生では多いけど、努力したことが人格形成において無駄になることも少ないんです。
前だけ見ていけばいいことはあるさ、っていう自分流のオプティミズムなのですが、いろいろあるから人生は面白いって失敗した生徒にも知ってほしいんです。
今の段階では泣くような連中は出てきませんけど、今月も半ばから末にかけて阿鼻叫喚の世界が出現するのは例年の通りです。
不合格者への接し方はいろいろあるのですが、私はとにかく「普段どおり」を心がけています。
本音を言わせていただければ、本当によく勉強して不合格になる生徒は希でして、不合格者のほとんどは、何かしらの問題点をかかえていながら、それを改善するのを怠っていたために不合格となったのです。要は自己責任なんでして、その怠慢を追認するような言葉をかけるのは、大人として無責任だと思うのであります。
私は生徒にこんなことを言うんです。
受験の神様は自分の心の中にいるんだ。人を不幸にしたいと思っている神様はいない。だから、自分が持っている受験の神様に嘘偽りのない努力をしてきたと言えるならば、助けてくれる。
それでも、不合格の時は、神様はアンタが受験した学校はアンタが幸せになるにはふさわしくないって言われていると思いなさい。
努力の二文字が結果に結びつく可能性が高いのは学生時代だけでして、報われない努力のほうが人生では多いけど、努力したことが人格形成において無駄になることも少ないんです。
前だけ見ていけばいいことはあるさ、っていう自分流のオプティミズムなのですが、いろいろあるから人生は面白いって失敗した生徒にも知ってほしいんです。