12月に入って喪中葉書が次々と舞い込んできます。年賀状のやり取り自体時代遅れと言われますが、私は昔の教え子との年賀状のやり取りが年に一度の楽しみなのであります。

受験が終わって一別以来、会うこともなく何十年経っていても、年に一度の細い糸でお互いの息災を確かめ合うというのは、いい習慣ではないかと思うのです。教え子の最高齢者がもう50歳になんなんとしているのを思うと、若い学生の頃からやってきた塾屋の仕事は、利害関係のない人とのつながりという意味ではなかなか良かったのではないかと思うこともあるのです。

年賀欠礼葉書は、親の年齢から考えて主に同年代の方々が多いのですが、我が身を思うに、幸い存命中の実母と義父母がいますので、これから(私のほうが先に逝かない限り)3回は年賀状を出せないことがあるんでしょうね。

まだ鬼籍に入った友人は少ないし、教え子も(交流があるものは)元気なのですが、長生きすると周りが次々といなくなる寂しさを感じることもあると思うのです。

教え子が就職・結婚・出産・子育てと(あとの3つに縁がないのもいますけど)人生の階段を昇っていくに従って、自分の歳を感じてしまうのです。自分へのお迎えの時期がわかりませんので、あと何回年賀状が書けるのかわかりませんが、今年は再び受験生相手に忙しい年末年始の中をぬって年賀状を作ろうと思っています。