この時期、中学3年生は高校受験の内申決定に重要な期末試験で(少し前に比べてだいぶ早くなっている感がありますけど)多くの高校1年生は次年度の選択科目の決定に際して文理いずれかを決めなければいけない時期になっています。
そもそもこの時期に将来の方向性を決定するなんてどだい無理な話なのですが、受験勉強を効率的にこなすためには不要なものをサッサと切り捨てるといった効率性の方が優先されるのでしょう。そのへん文系でも高3まで物理なんかをやらされてヒーコラしていたアタシらの世代からは羨ましいところもあるんですけど…。
昨日もそんな相談を受けていたんですが、文系の私に対して、息子たちが2人とも理系なんで図らずも就職というか卒業後の仕事に対するこの社会のスタンスをおぼろげながら見ることができたわけです。
こういう時代、低リスクでひとつの職場に勤められて安定した収入を得ることはごく一部の企業と公務員以外ありえないのでありまして(だから不動産が売れてローンを組む人が増えるなんて信じられないんですけど)、年金支給年齢を遅くして、若い世代ほど払った年金が取り戻せないようになっている現状をみると、一生(せめて70歳までは)働き続けられるスキルが必要なのだと思うのです。
そうなると、国家資格をとって自分のスキルというか付加価値をあげておくしかないと思うのです。
そう考えてみると、理系資格というのは医療系がメインなのですが、合格率が高く、転職も比較的容易な技能資格が多いのです。それに対して文系の国家資格は司法試験から始まってロクな独占業務のないアタシら行政書士の試験でさえ合格率がひとケタかその前後でして、しかも資格を取っただけではゼニにならんことが多いものばかりです。
理系資格の合格率が8割以上なら文系資格の「不」合格率も8割以上なのであります。
「…のような仕事をしたい」といって花形的職業のイメージを持つ若者も多いのですが、その花形の裏にそれに倍する裏方(総務・経理・製造現場など)があるわけでして、会社勤めできてもその希望が通るなんてことはほとんど無いし、実績のないヤツに花形現場を任せるなんてことありえないんです。
そもそも、正社員の仕事ですから、それになること自体が難しい世の中では「叶わぬ夢」になる可能性の方が多いのです。
そう考えると、意外と文系は(自分は数学が好きだった文系なんですが)ドモならんのかなと思うことしきりなのです。
「数学が嫌いだから文系」なんて単純な選択はしないほうが将来にとってはいいのかもしれませんよ。
そもそもこの時期に将来の方向性を決定するなんてどだい無理な話なのですが、受験勉強を効率的にこなすためには不要なものをサッサと切り捨てるといった効率性の方が優先されるのでしょう。そのへん文系でも高3まで物理なんかをやらされてヒーコラしていたアタシらの世代からは羨ましいところもあるんですけど…。
昨日もそんな相談を受けていたんですが、文系の私に対して、息子たちが2人とも理系なんで図らずも就職というか卒業後の仕事に対するこの社会のスタンスをおぼろげながら見ることができたわけです。
こういう時代、低リスクでひとつの職場に勤められて安定した収入を得ることはごく一部の企業と公務員以外ありえないのでありまして(だから不動産が売れてローンを組む人が増えるなんて信じられないんですけど)、年金支給年齢を遅くして、若い世代ほど払った年金が取り戻せないようになっている現状をみると、一生(せめて70歳までは)働き続けられるスキルが必要なのだと思うのです。
そうなると、国家資格をとって自分のスキルというか付加価値をあげておくしかないと思うのです。
そう考えてみると、理系資格というのは医療系がメインなのですが、合格率が高く、転職も比較的容易な技能資格が多いのです。それに対して文系の国家資格は司法試験から始まってロクな独占業務のないアタシら行政書士の試験でさえ合格率がひとケタかその前後でして、しかも資格を取っただけではゼニにならんことが多いものばかりです。
理系資格の合格率が8割以上なら文系資格の「不」合格率も8割以上なのであります。
「…のような仕事をしたい」といって花形的職業のイメージを持つ若者も多いのですが、その花形の裏にそれに倍する裏方(総務・経理・製造現場など)があるわけでして、会社勤めできてもその希望が通るなんてことはほとんど無いし、実績のないヤツに花形現場を任せるなんてことありえないんです。
そもそも、正社員の仕事ですから、それになること自体が難しい世の中では「叶わぬ夢」になる可能性の方が多いのです。
そう考えると、意外と文系は(自分は数学が好きだった文系なんですが)ドモならんのかなと思うことしきりなのです。
「数学が嫌いだから文系」なんて単純な選択はしないほうが将来にとってはいいのかもしれませんよ。