最近偽装の話題がしきりに伝えられています。偽装とは事実と異なることをあたかも真実のように装うことのことをいいいますが、振り返ると我が国には、偽装というか嘘そのがものがひとつの文化としてあったような気がします。

古くは落語にでてくる「これは源頼朝の子供の頃のしゃれこうべ」なんて古道具屋の口上とか、今ではうるさくなって出せませんが、パチンコ屋の「赤字覚悟の大出玉」、一度も店を閉めない「閉店セール」、一日中出している「限定メニュー」、他店より高い「業界最安値」…とパクリという偽装が得意な中国人もびっくりというものが氾濫している(していた)わけです。

それを見破っていくのが消費者の目でして、いくら声高に叫んでも出さないパチンコ屋には客はつかず、クオリティの低い商品は購入せず、といった具合に、店は客から見捨てられ、市場から退場を余儀なくされていったわけです。

私はそんな風に思っていましたから、健康被害とか身体に影響ない食品偽装に大騒ぎしているのが不思議でなりません。

そもそも、芝エビとブラックタイガーを天ぷらして区別ができる人、出来の悪い国産和牛とオージービーフのステーキの区別、国産のアスパラとメキシコ産のアスパラの区別がつく人がどれだけいるんでしょうか?

言い方は悪いですが、要は「○○だから…」という言葉に踊らされて高いゼニを払っていた馬鹿さ加減が世に出てしまったことへの怒りなんでしょうか。どのテレビ番組かわすれましたが、食材の区別がつくかどうかで一流芸能人か三流芸能人かを競う番組がありましたが、国中でそんなことしているみたいですね。

飲食に関して言えば、食材はいいに越したことはないけど、要は料理人の調理の腕なんです。ちょっと売れたからといって店に出ないでテレビばかりに出ている料理人の腕など信用しちゃいけませんって。その店の味が落ちていないのは、その厨房を任されているNO2の腕がいいということなんです。もっともそういう人はサッサと自分で店を持ちますから、ほぼ例外なく店の味は落ちてきます。それに、調理も職人芸ですから、本人自身も腕は確実に落ちて来ますよね。

心ある料理人(特に和食)はそれに気づいてテレビ出演数を控え始めますが、調味料の量までマニュアル化できる西欧料理は誰でも作れるレベルの料理を提供しても、客は代表者のネームバリューを盲信して美味しいというんですから、調子にのっているのが多いですね。

要は消費者もバカになってきたんでしょう。マスコミで話題になったものや、妙な蘊蓄をひけらかしたものがうまいと盲信する人が多く、それをフェイスブックなどで発信している人をみるとイタいと思うのです。わざわざそんなところに行かなくても美味いところはあるんですけどねぇ。

これだけ騒がれますと対象企業のブランド力の低下は否定できないんですが、それにしても偽装ではなく誤表示だという言い訳にはのけぞりました。誤というのは使う方も事実を知らないことをいうのであって、騙す意図が云々とは関係ないんです。

アタシら消費者は、自分の五感で判断する能力を失いつつあるかぎり、こうしたことはまだまだ続きそうです。自分の好みに合わないモノは無理に手を出さなくてもいいんです。マスコミの評価に右往左往していると、「顔を移す価値のない芸能人」化してしまいますよ。