90年に始まったセンター試験ですが、中学生の親もほとんどがこの世代に入るようになり、塾屋にとってはこの対策もメシのタネになるのです。
さすがに23年も経過すると制度劣化も起きはじめているので、これを廃止もしくは改正して共通到達度テストみたいなものを作るといったことが議論されているようです。制度をいじれば得するのは受験産業だけでありまして、この国の受験システムが定期的に変わってくれることが、少子化の中でも塾屋という(多くはブラックな)企業が生き続けていける大きな理由になっているのです。
さて、件のセンター試験なんですが、英語特に筆記試験に関して言わせていただくと、学力はともかく、ここの設問をいかに効率的に処理するかで得点力は2割ほど違ってくるんです。
実際、このタイプの模試で成績が伸び悩んでいる生徒に、やり方のアドバイスひとつするだけで30点も得点が上がったりするんですよ。
私はこの試験が学力というより、処理能力検定試験だと見なしております。大学もしくは社会の中で往々にして要求される処理能力がそれだけ優れているかを見て、2次試験でそれでは対応できない思考能力・洞察力を見る。こうして総合的能力に優れた学生を税金を使って育てようというのが、多くの国公立大学の入試の狙いではないか、そう思っているのです。
ですから、東大・京大のように処理能力に長けている受験生ばかり(というかそうでないと受けられない)の大学では合格判定におけるセンター試験の比率は低くなっていますし、医者のように即座の判断・処理が必要な職業を要求される学部では、それなりの比率を維持しているのです。
そう考えると、私大のセンター方式選抜なんて、思考力はなくても処理能力さえあればいいということなんで、ウチは社会に出てもトップに立たんでいい、兵隊として生きる学生だけ作るところですよと喧伝しているようなものとしか私には思えません。
学歴偏重が悪だと言われてきましたが、最高学府の学生選抜にこうした制度設計をしているのですから、気がついたら採用も出世も学歴通りになっていたなんてことは当然といえば当然なのです。
さすがに23年も経過すると制度劣化も起きはじめているので、これを廃止もしくは改正して共通到達度テストみたいなものを作るといったことが議論されているようです。制度をいじれば得するのは受験産業だけでありまして、この国の受験システムが定期的に変わってくれることが、少子化の中でも塾屋という(多くはブラックな)企業が生き続けていける大きな理由になっているのです。
さて、件のセンター試験なんですが、英語特に筆記試験に関して言わせていただくと、学力はともかく、ここの設問をいかに効率的に処理するかで得点力は2割ほど違ってくるんです。
実際、このタイプの模試で成績が伸び悩んでいる生徒に、やり方のアドバイスひとつするだけで30点も得点が上がったりするんですよ。
私はこの試験が学力というより、処理能力検定試験だと見なしております。大学もしくは社会の中で往々にして要求される処理能力がそれだけ優れているかを見て、2次試験でそれでは対応できない思考能力・洞察力を見る。こうして総合的能力に優れた学生を税金を使って育てようというのが、多くの国公立大学の入試の狙いではないか、そう思っているのです。
ですから、東大・京大のように処理能力に長けている受験生ばかり(というかそうでないと受けられない)の大学では合格判定におけるセンター試験の比率は低くなっていますし、医者のように即座の判断・処理が必要な職業を要求される学部では、それなりの比率を維持しているのです。
そう考えると、私大のセンター方式選抜なんて、思考力はなくても処理能力さえあればいいということなんで、ウチは社会に出てもトップに立たんでいい、兵隊として生きる学生だけ作るところですよと喧伝しているようなものとしか私には思えません。
学歴偏重が悪だと言われてきましたが、最高学府の学生選抜にこうした制度設計をしているのですから、気がついたら採用も出世も学歴通りになっていたなんてことは当然といえば当然なのです。