本日から出稼ぎ関連の話題は「出稼ぎ」というテーマで書かせてもらいます。
中学生に英語を長年(約30年ほど)教えてきて思うのは、簡単な英単語すら「読めない・書けない・話せない」という3重苦状態である生徒が非常に増えたということです。ゆとり教育から始まって、知識偏重への批判もあり、「話せる(使える)英語」なるものが錦の御旗のようになっています。
でも、よく考えていただきたいのは、話せる(使える)ためにはその基礎として正確な知識が必要であることを。
糞みたいな(と私は思っている)絶対評価のおかげで「3」や「4」をとっている生徒でさえ<子音字+y>で終わる語の語形変化を使いこなせないとか、形容詞のcleverにedをつけて「賢かった」という英文を作ったりするのが、中学3年生ばかりでなく、高校生にまで見られるようになると、へえ、これが「使える英語教育」の成果ですかと、皮肉を言いたくもなるのです。
もっと笑えるのが、和文英訳という作業を中高ともほとんど教えない((((;゚Д゚))))。曰く、英語で考えさせるためとか…。あのね、普段日本語の中で生活している奴に英語で考えろというのは、ライオンに草食動物になれと行っているのと同じ。
要するに日本語⇒英語の頭の中での作業をどれだけ早くするかだけなのに、まるで異次元の作業を指せるがごときになっています。だいたい、そんなこと主張する奴ほど英文書籍を自分で出版さえしていないレベルなんだから、おかしいでしょ、と思うのです。
確かにvicissitude(栄枯盛衰)なんて英単語を必死に覚えさせる教育は間違っていますけど、allをアールなんて読んだり、「君が家で読んでいた本を貸してくれないか」程度の文を英訳できない高校生(一応、難関都立高の生徒ですけど( ゚Д゚)ナニカ?)ナンかちょっと違っているんじゃないかと思うのです。
スポーツに例えれば、足腰を鍛えないで競技をさせるようなもの。試合をしながら覚えるなんていっていたら、ヘンなクセがつくか、大怪我をしますぜ。
それと同じで、英語に妙なクセがついてしまった生徒ばかりで、悩ましい毎日です。
中学生に英語を長年(約30年ほど)教えてきて思うのは、簡単な英単語すら「読めない・書けない・話せない」という3重苦状態である生徒が非常に増えたということです。ゆとり教育から始まって、知識偏重への批判もあり、「話せる(使える)英語」なるものが錦の御旗のようになっています。
でも、よく考えていただきたいのは、話せる(使える)ためにはその基礎として正確な知識が必要であることを。
糞みたいな(と私は思っている)絶対評価のおかげで「3」や「4」をとっている生徒でさえ<子音字+y>で終わる語の語形変化を使いこなせないとか、形容詞のcleverにedをつけて「賢かった」という英文を作ったりするのが、中学3年生ばかりでなく、高校生にまで見られるようになると、へえ、これが「使える英語教育」の成果ですかと、皮肉を言いたくもなるのです。
もっと笑えるのが、和文英訳という作業を中高ともほとんど教えない((((;゚Д゚))))。曰く、英語で考えさせるためとか…。あのね、普段日本語の中で生活している奴に英語で考えろというのは、ライオンに草食動物になれと行っているのと同じ。
要するに日本語⇒英語の頭の中での作業をどれだけ早くするかだけなのに、まるで異次元の作業を指せるがごときになっています。だいたい、そんなこと主張する奴ほど英文書籍を自分で出版さえしていないレベルなんだから、おかしいでしょ、と思うのです。
確かにvicissitude(栄枯盛衰)なんて英単語を必死に覚えさせる教育は間違っていますけど、allをアールなんて読んだり、「君が家で読んでいた本を貸してくれないか」程度の文を英訳できない高校生(一応、難関都立高の生徒ですけど( ゚Д゚)ナニカ?)ナンかちょっと違っているんじゃないかと思うのです。
スポーツに例えれば、足腰を鍛えないで競技をさせるようなもの。試合をしながら覚えるなんていっていたら、ヘンなクセがつくか、大怪我をしますぜ。
それと同じで、英語に妙なクセがついてしまった生徒ばかりで、悩ましい毎日です。