出稼ぎ先で生徒を教えて思うのですが、休んだ時に進んだ範囲や配布された教材など、自分から聞きに来たり、取りに来る生徒が昔に比べて激減しました。
サービス業とすれば、それを一々教え、配布するべきなんですが、受験生ともなると、普通は休んで勉強が遅れるといったことへの焦燥感から、同じクラスの友人に尋ねたり、担当教師のところに来るのがかつては当たりまえのことでした。
ところが、最近は全く困らないというか、受験そのものに対する緊張感がありえないほど緩慢な生徒が目立ってきました。
何事にも競争・順位付けという要素を排除し、全て大人がお膳立てした中で過ごすことにより、自分が他人より遅れ、それが困ることだ、という感覚が麻痺しているのでしょうか。
社会ではこの場逆なことが行われるのが通例なんでして、ロクでもない新卒が増えたという声を聞くのもこんなところに原因があるのでしょうか。
要は当事者意識がないということなんです。こういう奴は一度手ひどい失敗をさせるのが一番いい薬になるのですけど、自分の子供と違って、仕事の性質上そういうわけには行きませんからねぇ。
最近悩ましく思うところです。
サービス業とすれば、それを一々教え、配布するべきなんですが、受験生ともなると、普通は休んで勉強が遅れるといったことへの焦燥感から、同じクラスの友人に尋ねたり、担当教師のところに来るのがかつては当たりまえのことでした。
ところが、最近は全く困らないというか、受験そのものに対する緊張感がありえないほど緩慢な生徒が目立ってきました。
何事にも競争・順位付けという要素を排除し、全て大人がお膳立てした中で過ごすことにより、自分が他人より遅れ、それが困ることだ、という感覚が麻痺しているのでしょうか。
社会ではこの場逆なことが行われるのが通例なんでして、ロクでもない新卒が増えたという声を聞くのもこんなところに原因があるのでしょうか。
要は当事者意識がないということなんです。こういう奴は一度手ひどい失敗をさせるのが一番いい薬になるのですけど、自分の子供と違って、仕事の性質上そういうわけには行きませんからねぇ。
最近悩ましく思うところです。