出稼ぎ先に頼まれて高3生の保護者との面談をしてきました。大学受験は、その選択や試験科目・方式の多様さが中学・高校受験の比ではありませんし、親世代の受験事情とは相当かけ離れていますので、上に兄弟姉妹がいなければ親の方もわからないことが多いのです。

しかも、マスコミ上では大学も大切な広告主様ですから、すでに「クソ集金マシーン」化した大学の実情も報じませんので、そうした聞けない情報を提供するのも受験産業の商売の一つなのです。

こういう時代ですから、親の関心は大学を卒業して「食っていく」ことができるか、というひと言につきます。ただ「食っていく」の定義はなかなか難しいのでありまして、その求める生活レベルによっても異なるのです。東京と北海道という地域差はもちろんのこと、行政書士と弁護士といった職業によっても「食える」定義は異なります。(もちろん行政書士の方が低い(^^;))

そう考えると、多くの若い人が起業するといった風潮の無いわが国では、大企業を目指すか職業と直結する資格をとる(文系資格はなかなか職業にするには難しいけど)といういずれかの選択肢しかなくなってくるのです。

私は無責任な評論家のように、企業ではなく仕事に夢を持てとか、(多くはブラックな)中小企業にも目を向けなさいなんてことは口が裂けても言えません。格差は企業にもあるんですから、お金の流れと同様、人材も低いところから高いところへ流れるのは至極当然なのであります。

ただ、若者はなかなか妥協しないし、自分を客観的に見ることもできないし(それは若さの特権でもあるのですけど)しかも企業格差も固定化していますから、失敗が続いても別方向に舵をきることができないんです。

そんな中で、満足までの細い道を探り出すお手伝いをするのが塾屋の使命なんで(そうでないところはたくさんあって、そのほうが流行っているもの皮肉ですが)そりゃ、本業でお客さんの事業の成功を助けるのと同じくらい大切なことなんです。

毎日が難しいことの連続であります。