昨日ケースワーカーと相談して、入院中の母を介護老人保健施設(通称老健)へ入所させる相談をしてきました。近いうちに弟と見学に行って入所の申し込みをしてこようかと思っています。

ナンとも情けない話ですが、リハビリもやる気がなさそうだし、こちらも引き取るだけの余裕がないので仕方ないかもしれません。

介護保険を使っても通常、10数万円の月額自己負担がありますが、ウチは母の年金でなんとか賄えるものの、これが無年金とかだったら、それこそ悲惨になことになるしかないでしょうね。私は厚生年金の受給資格もあるのですが、国民年金だけしかない人はそれこそドモならんとしか言いようがありません。

命の値段も貧富の差が出てくるというのはアメリカなどでは当然なことになっていますが、この国もそうなってくるでしょうね。

老人ばかりの病室は異様な空気に包まれています。毎日のように見舞いに行きますので、顔見知りになった方もいますが、最近はどんどん病院から出しているようで、毎日のように病室の顔ぶれが違ってきますし、病室自体の変更も1ヶ月あまりで3回もありました。

廊下にあるトイレなんか使っている患者はほとんどいなくて(つまりおむつをしている)最初は恥ずかしいと思っても、それに慣れてしまうと人間として壊れはじめるような気さえします。こんな姿を目の当たりにすると、ポックリ逝きたいと思う方が多いのはよくわかる気もします。

誤解を恐れずに言わせてもらえば、もう、80歳以上の患者の積極的延命治療は不要にすべきではないかと。こんなになっても生きていたいという気持ちは私には理解できません。

人は神によって命を与えられるものの、生きる苦痛を強いることは神の本意ではないはずです。人の不幸を願う神などいるはずないのですから。

そんなことを思った日でした。