私は若いときからギャンブル好きでして
パチンコ・競馬・麻雀をよくたしなんでいた。刑法の条文が改正になる前は偶然の輸贏(ゆえい)に関し財物をもって博戯(ばくぎ)または賭事(とじ)をする罪(旧刑法185条」なんていうのがあって、今日は駅前の遊技場にて特殊景品を求めて博戯をしてきますなんてアホなことを学生時代は言っていました。
別に人生を過つほどのことは無かったのですが、こういうことをやっていると、結構「ツキ」というものに敏感になってきまして、うまく言葉では言えないのですが、仕事においてはもちろんのこと、人生においても「ツキ」とは縁を切っても切れるものではないと感じています。
よく、幸運を射止めた人に対し、一生分のツキを使い果たしたとか言う方がいますが、そんな総量規制みたいなことがあるのか、疑問に思うことがしばしばあります。確かに宝くじで1億円当ててから人生の坂道を転げ落ちたなんて話を聞くことがありますが、よく考えてみれば、高額当選者なんて年に何十人と出ているわけですから、そんなふうに「運のつき」になる人はむしろ珍しいのではないかと思うのです。
そう考えると、意外とツキのある人はずっとツキを持ち続けるのではないでしょうか。一日の終わりにその日を振り返ってついていたことがない日は意外と少ないのではないでしょうか。たまたま並んだスーパーのレジがババアでなくきれいなネエチャンだったなんていうレベルでも考えると出てくるものです。
こうした小さいツキを自覚している人が意外と大きなツキを呼び寄せているのではないかと最近感じているのです。
それに対して、ツイてない、不幸なことばかり起きると思い悩んでいると悪いことを呼び寄せてしまうのかもしれません。私の病気・入院、妻の病気・入院と開業以来ロクなことが起きていないからお祓いでもしたほうが・・という方もいらっしゃいますが、私はどちらも不幸だとか無念だとか思ったことも自分の人生を呪ったこともありません(ノ´▽`)ノ ⌒(呪)
確かに経済的には一時、殆ど破たん寸前まできましたが、不思議と大きなというか報酬をそれなりにいただける仕事が舞い込んできたり、様々な公的免除を得られたりと「悪運強く」生きています。今思うと、結局自分で不幸を呼び寄せなかったことがよかったのではないかと思っているのです。
こう考えると、自分がついていると信じ込んで生きているほうが、無理に前向き思考を心に押しつけるよりはずっとツキを持たせ、さらに際限なく増やすことができるのではないか、そして楽しい人生を送ることができるのではないか、そんなふうに思うのです。
パチンコ・競馬・麻雀をよくたしなんでいた。刑法の条文が改正になる前は偶然の輸贏(ゆえい)に関し財物をもって博戯(ばくぎ)または賭事(とじ)をする罪(旧刑法185条」なんていうのがあって、今日は駅前の遊技場にて特殊景品を求めて博戯をしてきますなんてアホなことを学生時代は言っていました。別に人生を過つほどのことは無かったのですが、こういうことをやっていると、結構「ツキ」というものに敏感になってきまして、うまく言葉では言えないのですが、仕事においてはもちろんのこと、人生においても「ツキ」とは縁を切っても切れるものではないと感じています。
よく、幸運を射止めた人に対し、一生分のツキを使い果たしたとか言う方がいますが、そんな総量規制みたいなことがあるのか、疑問に思うことがしばしばあります。確かに宝くじで1億円当ててから人生の坂道を転げ落ちたなんて話を聞くことがありますが、よく考えてみれば、高額当選者なんて年に何十人と出ているわけですから、そんなふうに「運のつき」になる人はむしろ珍しいのではないかと思うのです。
そう考えると、意外とツキのある人はずっとツキを持ち続けるのではないでしょうか。一日の終わりにその日を振り返ってついていたことがない日は意外と少ないのではないでしょうか。たまたま並んだスーパーのレジがババアでなくきれいなネエチャンだったなんていうレベルでも考えると出てくるものです。
こうした小さいツキを自覚している人が意外と大きなツキを呼び寄せているのではないかと最近感じているのです。
それに対して、ツイてない、不幸なことばかり起きると思い悩んでいると悪いことを呼び寄せてしまうのかもしれません。私の病気・入院、妻の病気・入院と開業以来ロクなことが起きていないからお祓いでもしたほうが・・という方もいらっしゃいますが、私はどちらも不幸だとか無念だとか思ったことも自分の人生を呪ったこともありません(ノ´▽`)ノ ⌒(呪)
確かに経済的には一時、殆ど破たん寸前まできましたが、不思議と大きなというか報酬をそれなりにいただける仕事が舞い込んできたり、様々な公的免除を得られたりと「悪運強く」生きています。今思うと、結局自分で不幸を呼び寄せなかったことがよかったのではないかと思っているのです。
こう考えると、自分がついていると信じ込んで生きているほうが、無理に前向き思考を心に押しつけるよりはずっとツキを持たせ、さらに際限なく増やすことができるのではないか、そして楽しい人生を送ることができるのではないか、そんなふうに思うのです。