年賀状の準備を9割がた終えました。福島で消息が分からない知人その他「おめでとう」を言い送るのが果たして妥当かはかりかねる方以外には出します。

年賀状という習慣を若い人が持たないようになっているということですが、それは、個人情報保護にうるさくなって、学校でも電話番号の連絡網以外のリストを作成しなくなったからではないかと私は思っています。どんなに仲がいい友人でもメルアドは交換しても住所を交換することはなくなりました。小中学校なんかは同じ学区で家が近くても進学先が異なれば生活時間が違うので全く逢わなくなります。そうやって疎遠になっていくのですね。

でも、年賀状という1本の糸でつながっていれば、返事がなくても自分が元気でいることを相手に伝えることができるばかりでなく、返送されてこないということで、相手も元気だろうっていう想像もつきます。だから、私はそういうところが好きで年賀状を毎年出し続けているのです。

教え子が多いのですが、卒業以来四半世紀以上も会っていない人も多数います。たぶん街中ですれ違ってもわからないかもしれません。でも広い世間のなかで、自分を覚えて気にしている人が一人でもいるということは嬉しいじゃないですか。どんなに辛くたって自分を気にしてくれている人がこの空の下にいるとわかってもらえれば、大げさかもしれないですが、もらった人にわずかな勇気や幸せを与えられる気がするのです。そう思うと、私も楽しいので返事がなくても私は出すのが好きなので3年は出し続けています。

でも、もらうことで心苦しいなんて思っていたり、ひょっとしたら私を蛇蝎のごとく嫌っている人もいるかもしれませんので、3年という区切りをつけてはいるのです…。これはこれで仕方ないです。すべての人に愛されるなんて神様じゃあるまいしできるはずないのだからシラー