ちょっと昔話を…。

前職では英語を中高生に教えていましたから、生徒や保護者から「英語はどうやったら好きになるんですかとか「英語が好きでいいですね」とか言われるんですけど、実は

       好きじゃないんですε=ε=ε= ヾ(*~▽~)

だって、言葉って自分や他人の意思をやりとりしたり、外国人の知識を得る「道具」じゃないですか。私にとって「英語が好きですか」って質問は料理人に「包丁好きですか」と聞いているのと同じなんです。言葉特有の余韻とかなんかは言語によって異なるわけだし、フランス語がいちばん美しいなんて誰が決めたわけでもないんですから。

言語の広がりが、それを使う国の経済力・政治力に比例しているのも道具としての性格が勝っているからなんだと思うのです。

だから、英語が嫌いでも道具として使えている分には問題ないんですね。好きならなおさらいいでしょうけど…。でも英語が好きでも道具として使えない連中はたくさんいますから、語学ができるためにその言葉を好きになることは必要条件であっても十分条件ではないのですよね。

あと、よく聞いたのが、学校の先生が嫌いだったから英語が嫌いになったってタイプ。実は私は高校2年のとき、英語の先生が大嫌いで、普通なら後ろの席に逃げるんですが、アタマきて凹ましてやろうとしました。

こいつが出してやる質問には全部答えてやろうと、必死で予習に励み、その先生が授業中何か口を滑らそうものなら、辞書を片手に職員室まで追いかけて「さっき先生はこういったけど、辞書にはこう書いてあるからこの訳の方がいいのではないか」とかなんだかんだと難癖をつけて休憩時間を奪ってやりました(私はゆっくりと水飲んで次の授業に遅れて入っていきましたけど)。

授業中もその先生の時間だけ教卓の前に席をもってきて、授業中出す質問(同義語、文法用語その他)は全部答えてやり、他の生徒を当てることができずに「黙っていろ」と言われましたが「イヤです」と拒否。最後には手を合わせて「なあ、頼むから黙っていてくれ」と哀願したのでそれならと許してやりましたぜ…勝った!(ノ^^)八(^^ )ノ

さすがにこの1年で英語は爆発的にできるようになりましたね。合法的にケンカをしているわけですから、私はちっとも悪くありませんぜ(^_-)☆受験生時代、英語はどんな模試でも偏差値70を下回らなかったのはこのおかげかもしれません。もっともそのおかげで、数学は2回赤点でしたけど(・_・;)

でも、私は英語が好きだったからやったわけでも、できるようになって英語が好きになったわけでもないんですよ。入試というものをクリアするため道具でしたし、今もスキルを下げないようにしているのは、国際業務をするときにある程度必要な道具だからです。

センセイが嫌いだからできないというのは私の経験からいうと、首をかしげたくなるんですね。嫌な奴なら逃げずに闘えばいいんですよ。そうすりゃこっちのスキルも上がるし、相手もマジで授業に臨んできますから、いい授業してくれますよね。教師の授業をよくするのも生徒の力なんです。教える側に立ってみると、それは特に身に沁みます。

この話生徒にすると結構ウケたんですがね…。

こうしてみると、道具を文化とイコールだと思いこみ、ロクに日本語喋れないうちから英会話教えたりして、ファミレスで'I'm hungry.'なんて言ってるガキ見ると、アキバで包丁振り回す狂人を思い浮かべるのは私だけでしょうかね。