入院以来、6時起きという健康的生活を送っているんで(いつまで続くやら)こんな時間に更新をしています(^-^)/
とんでもない表題をつけてしまいましたが…(^o^;)楽天で社内のやりとりを全て英語でやるってニュースがありましたね。三木谷さん相変わらず面白いことやるなと思い、一部ではグローバル化にむけて歓迎すべき傾向だなんてコメントが見られましたが、へそ曲がりの私にはどうにも疑問に思うんですね。
外国語(ここでは英語に限定しましょうか)を学ぶ楽しみとかは置いといて、その目的ってナンなんでしょうかね。
私は語学って単なる道具だと思っています。行政書士という仕事の中で国際・渉外業務をやるときに、相手とのcommunicationを少しでも正確にできる道具としてしか考えていません。道具は放っておいたらサビついてしまいますので、定期的に頭の引き出しから出して使うようにしています。
ですから、道具として必要無い人が英語を学んでいるのが私のような他にやりたいことがいっぱいある人間にとっては理解不可能なんですね(just for fun と言われたら納得しますけど)
前職では授業は英語を教えていたんで、生徒から「センセイ、英語好きなんですね」って言われるんですが、いつも「イヤ、嫌い」って言っていましたっけ(・_・;)言語としての法則性はそこそこ単純なんですが、言葉のきれいさ、感情の機微の表現などははるかに日本語の方が優れていると思っているからです。
一方、道具はあくまで道具なんですが、言語にはそれが形成された文化という血脈が流れていますから、言語を強制するということは、それまでその人が慣れ親しんできた文化を否定し、新しい価値観を強制するのと同じだと思います。それはここ数百年に強大な政治力・軍事力を背景にした国家がやってきたことを見れば明らかだと思います。
単純に考えると、私たち日本人がアメリカやヨーロッパに行く時は(ビジネスであろうが、観光であろうが)多少は英語や片言のフランス語やドイツ語を真剣に勉強していきますよね。でもアメリカ人が日本に来るとき日本語を勉強してくる奴なんざ殆どいませんやね。だって、英語は世界中で何とか通じるんですから勉強なんかしてこなくても、新宿の歌舞伎町で迷子になっても、歩いてる奴3・4人に声かければ、少なくとも一人ぐらい日常会話ができる程度の輩が(ヤ印の自由業の方でも)いますからね。ですから、資源力・経済力のない国の国民の方が語学熱は強いはずなんです。
だから英語さえできていればグローバルだなんて短絡的に考えていいんですか?って思うんですよ。先にも行ったように言語って文化なんです。それを日常的に変えろっていうのは奴隷になれっていうのと同じなんですよね。そりゃ、「郷に入れば郷に従え」ですから外資系企業や海外で仕事をする場合の必要性は否定しませんよ。でも、それはあくまで「道具」だから認められるんです。
太平洋戦争の敗戦直後に日本では公用語を英語にしようという意見も出たそうです。どうも日本人は強い奴をみると全面降伏してしまうようで…(><;)だいたい日本に活動拠点を置いている企業が、なんで国内なのに自国の言葉で会議すらできないんでしょうかね。優秀な外国人を確保するためとエラそうなこと言っていますけど、ホントに優秀な外国人が日本企業で働きたかったら日本語勉強してくるでしょ?それが無いということは、そうでもしなけりゃ優秀な外国人が集まらない程度の企業だと自分で認めていることになりませんか?なんか会社側の説明を聞いてると「自分はバカです」と言ってるような気がしますよね。
話は逸れますが、1億円以上の役員報酬を公開するようになりましたよね。従業員平均の何倍役員が報酬としてもらってるかをみると、創業者は別として外国人役員の方が日本人役員より遥かに高額な報酬をもらっていることがわかります。人気が高い日産のゴ―ン社長なんか私に言わせればgreedyですぜ。これを見ただけで、こいつらが株主総会で日本語で説明ができないようだったら、私が株主だったらヤジを飛ばしますわ。そんな会社はエセグローバルだと思いますね。
どうもこの国は自国の文化を否定することがグローバルと言われる条件のように経済誌(紙)も経済人も言っているように感じられますが、そんなこと言ってる国はどこもありませんぜ。
言語って文化の根幹をなすものなんで、そうそう軽々しく扱ってもらっては困るんですがね。三木谷さんの考え方は英語が全くできない社員の英語力を付けるには役に立つかもしれませんが、それ以上でもそれ以下でもない気がします。
幼稚園児に英会話習わせて悦に入ってるバカ親や教育関係者いますけど、右翼も日教組相手に街宣車回すんなら、あいつらに回した方が日本の文化を守ることになると思いますがね。いろいろ議論はあるでしょうが、自国の言葉を理解できない奴が日本で英語の勉強したってグローバルな人間ができると思いませんし、ガキがファミレスでI'm hungry.なんてホザきやがったら、私は殺意さえ感じますわな(+_+)
プロから言わせると幼児期に英語勉強して将来の英語の成績がよくなるわけではないんですがね…。でもそういうこと言うと、受験のためにやってるんではないとかヘンな自己正当化をはかる母親が多いこと多いこと(@_@)そのくせ子供が大きくなると幼稚園や小学生から英語やらせてるのに全然できないわ、なんて陰で愚痴ってるんだよね(^_^;)
斎藤一人さん流に言えば、必要ないからできなくてもいいのかもしれませんわな。
また脱線してまとまりがつかなくなってきましたけど、自分がおかれている文化は大切にしながら道具としての語学を活用するようにしたいですね。
とんでもない表題をつけてしまいましたが…(^o^;)楽天で社内のやりとりを全て英語でやるってニュースがありましたね。三木谷さん相変わらず面白いことやるなと思い、一部ではグローバル化にむけて歓迎すべき傾向だなんてコメントが見られましたが、へそ曲がりの私にはどうにも疑問に思うんですね。
外国語(ここでは英語に限定しましょうか)を学ぶ楽しみとかは置いといて、その目的ってナンなんでしょうかね。
私は語学って単なる道具だと思っています。行政書士という仕事の中で国際・渉外業務をやるときに、相手とのcommunicationを少しでも正確にできる道具としてしか考えていません。道具は放っておいたらサビついてしまいますので、定期的に頭の引き出しから出して使うようにしています。
ですから、道具として必要無い人が英語を学んでいるのが私のような他にやりたいことがいっぱいある人間にとっては理解不可能なんですね(just for fun と言われたら納得しますけど)
前職では授業は英語を教えていたんで、生徒から「センセイ、英語好きなんですね」って言われるんですが、いつも「イヤ、嫌い」って言っていましたっけ(・_・;)言語としての法則性はそこそこ単純なんですが、言葉のきれいさ、感情の機微の表現などははるかに日本語の方が優れていると思っているからです。
一方、道具はあくまで道具なんですが、言語にはそれが形成された文化という血脈が流れていますから、言語を強制するということは、それまでその人が慣れ親しんできた文化を否定し、新しい価値観を強制するのと同じだと思います。それはここ数百年に強大な政治力・軍事力を背景にした国家がやってきたことを見れば明らかだと思います。
単純に考えると、私たち日本人がアメリカやヨーロッパに行く時は(ビジネスであろうが、観光であろうが)多少は英語や片言のフランス語やドイツ語を真剣に勉強していきますよね。でもアメリカ人が日本に来るとき日本語を勉強してくる奴なんざ殆どいませんやね。だって、英語は世界中で何とか通じるんですから勉強なんかしてこなくても、新宿の歌舞伎町で迷子になっても、歩いてる奴3・4人に声かければ、少なくとも一人ぐらい日常会話ができる程度の輩が(ヤ印の自由業の方でも)いますからね。ですから、資源力・経済力のない国の国民の方が語学熱は強いはずなんです。
だから英語さえできていればグローバルだなんて短絡的に考えていいんですか?って思うんですよ。先にも行ったように言語って文化なんです。それを日常的に変えろっていうのは奴隷になれっていうのと同じなんですよね。そりゃ、「郷に入れば郷に従え」ですから外資系企業や海外で仕事をする場合の必要性は否定しませんよ。でも、それはあくまで「道具」だから認められるんです。
太平洋戦争の敗戦直後に日本では公用語を英語にしようという意見も出たそうです。どうも日本人は強い奴をみると全面降伏してしまうようで…(><;)だいたい日本に活動拠点を置いている企業が、なんで国内なのに自国の言葉で会議すらできないんでしょうかね。優秀な外国人を確保するためとエラそうなこと言っていますけど、ホントに優秀な外国人が日本企業で働きたかったら日本語勉強してくるでしょ?それが無いということは、そうでもしなけりゃ優秀な外国人が集まらない程度の企業だと自分で認めていることになりませんか?なんか会社側の説明を聞いてると「自分はバカです」と言ってるような気がしますよね。
話は逸れますが、1億円以上の役員報酬を公開するようになりましたよね。従業員平均の何倍役員が報酬としてもらってるかをみると、創業者は別として外国人役員の方が日本人役員より遥かに高額な報酬をもらっていることがわかります。人気が高い日産のゴ―ン社長なんか私に言わせればgreedyですぜ。これを見ただけで、こいつらが株主総会で日本語で説明ができないようだったら、私が株主だったらヤジを飛ばしますわ。そんな会社はエセグローバルだと思いますね。
どうもこの国は自国の文化を否定することがグローバルと言われる条件のように経済誌(紙)も経済人も言っているように感じられますが、そんなこと言ってる国はどこもありませんぜ。
言語って文化の根幹をなすものなんで、そうそう軽々しく扱ってもらっては困るんですがね。三木谷さんの考え方は英語が全くできない社員の英語力を付けるには役に立つかもしれませんが、それ以上でもそれ以下でもない気がします。
幼稚園児に英会話習わせて悦に入ってるバカ親や教育関係者いますけど、右翼も日教組相手に街宣車回すんなら、あいつらに回した方が日本の文化を守ることになると思いますがね。いろいろ議論はあるでしょうが、自国の言葉を理解できない奴が日本で英語の勉強したってグローバルな人間ができると思いませんし、ガキがファミレスでI'm hungry.なんてホザきやがったら、私は殺意さえ感じますわな(+_+)
プロから言わせると幼児期に英語勉強して将来の英語の成績がよくなるわけではないんですがね…。でもそういうこと言うと、受験のためにやってるんではないとかヘンな自己正当化をはかる母親が多いこと多いこと(@_@)そのくせ子供が大きくなると幼稚園や小学生から英語やらせてるのに全然できないわ、なんて陰で愚痴ってるんだよね(^_^;)
斎藤一人さん流に言えば、必要ないからできなくてもいいのかもしれませんわな。
また脱線してまとまりがつかなくなってきましたけど、自分がおかれている文化は大切にしながら道具としての語学を活用するようにしたいですね。