旧司法試験が平成22年を以て終了するそうです。自分もかつて5年ほど受けましたが、それを聞いて何か感無量の気分です。旧司法試験というと、この本を思い出します。

名もなき道を〈上〉 (講談社文庫)/高橋 治

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名もなき道を〈下〉 (講談社文庫)/高橋 治

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自分も経験していたせいか、最初に読んだ時には涙が止まりませんでした。周囲に理解されない、時代に流されない生き方が忘れられません。しかし、この本の槙山に近い方先輩方は旧司法試験時代には数多くいました。

司法試験は改革され、法科大学院を出れば3割近くは合格出来るようになりました。昭和時代の行政書士試験のようです。弁護士数が増加したためか、弁護士資格があるだけで顧客が来る時代も終焉を迎えた感があります。

旧司法試験で人生を狂わせたというのは簡単ですが、資格だけで高い収入と社会的地位が入るといったものが無くなったことは、貧しいものが這い上がるチャンスを失わせるものだという考えと、開業後の競争によって知識偏重でない能力が求められるから却っていいのだ、という考え方があると思います。

しかし、法科大学院は2年間で私大で学費が約300万(国公立では約200万)かかることを考えると、とうてい公平性が確保されているとは思えません。20代の平均年収が200万程度と言われる時代に、これだけの経済的負担を負うことができるものだけに門戸を開くことが、心を通わせた法律を執行する人間を育てることになるとは思えません。

アメリカでは社会人のために夜間のロースクールがあると聞きます。法律はそれにアクセスしようとする者全てに門戸を開くべきです。それが真の自由主義・民主主義ではないでしょうか。

日弁連の新会長は弁護士のレベル維持のために司法試験合格者を減らすことを主張しています。「維持」と言えば聞こえはいいですが、衣の下には既得権の保持という鎧が見えるのはわたしだけでしょうか。まるで中世のギルドのような感覚だと思うのですが…。

旧司法試験時代には短答式だけは異様に強い方がいました。そういう人は法律を使うという意味では専門家と遜色ない方が多かった記憶があります。でも、その多くは自らの知識を使う場もなく人生を送らざるをえません。

社会の発展のとともに法律の複雑さは増していきます。法律を扱う者は多くはなっても少なくする理由はないと思います。法律職ビックバンがあってもいいかと私は思っています。。