有給消化を含めて前職に出勤しなくなって1年経過したので、今日は少し会社を去るきっかけになったきっかけを話します。
前職の会社は上場企業と言ってもほぼオーナー会社なので、そういうところ独特のブラックなところは多々ありましたし、好き嫌いで人事を行うところもあるので冷たい扱いを受けたこともありましたが、そんなことが退職の動機にはなりませんでした。
自慢するわけではないのですが、私はさまざまな支店(=校舎)やエリアの責任者をやっていた23年間で2年続けて生徒数を減らしたことが無かったのです。最後の2年を除いて。
自分の授業と営業力にも自信があり、自分の授業を体験した生徒(中高生)はほぼ100%入学させていましたが、辞める2年年ほど前から取りこぼし、つまり、入学しない生徒が続いたのです。従来の手法がなぜ急に通じなくなったのかとずいぶん悩みました。
そのころ、高校部の顧問をしていた元某大手予備校理事の方から、予備校の教師というのはどんなにいい教師であろうと年齢という壁を越えられない、これは本当にどうしようもない、という話を聞きはっとしました。それはこんな話を聞いたことがあるからです。
ある、高齢の寿司職人が引退して店を閉めると言いだしました。常連客は元気だし味も落ちていないので、何でだと聞いたところ、その職人が自分の手を見せてこう言ったそうです。
「この手のシミを見てごらんなさい。あたしゃ、こんな手でお客さんに寿司出すのは失礼だと思うんだ。うまい寿司も不味くなるじゃねえか」
私もこの話は記憶にずっと残っていて、頭髪・服装などの身だしなみや爪の手入れもそうですが、クリームをマメに手に塗るなどして、生徒と1対1で相手をするときでも相手に不快感を抱かせないように心がけていました。(今でも手の甲は同年代の者に比べてもきれいです)
しかし、自分の父親とほぼ同年齢の教師では高校生、特に女子生徒を引きにくくなるという警戒感はありませんでした。
それでも、長年やっているので、1年目はこういうこともあるだろうと思っていたのですが、さすがに2年続くとこれはダメだと思うようになりました。ついにこの時が来たかと。年齢は癌のように教師生命を縮めていきます。
まだ自分を慕ってくれる生徒もいますし、中学生相手なら半分は親相手と同じですから騙しながら続ける手もあったでしょう。
でも、それで続けるのが許されるのは、自分で経営している場合だけです。一つの組織に中で自己実現が難しくなったら、そこから退場するのがこの業界の掟みたいなものです。それを知ってか知らずか、しがみついている人たちもいますが・・・。
私はよくある無言の退場勧告の前に、自分にむけて退場命令を出しました。ただ、人のためになる仕事、人の笑顔が自分の幸せになる仕事はやり続けたいと思うと、やはり組織の枠の外にそれを求めなければならないと思ったのです。
行政書士を開業することで、自分の力ではどうしようもない年齢というハンデを負うことは無くなりました。ここからまた新しい挑戦が始まります。
あと20年はバリバリ仕事をやっていきたいですね。そこまでやり切れれば、残りの人生はオマケみたいなものです。