昨日、私の後の校長をやっているマーキーにメールして初日はどうだったか聞いてみました。会社を辞めても仕事は半生・生徒は一生なんで・・・。


あまり小学生の授業はしないんですが、小6の生徒の何人かは昨年一時的に算数を教えていましたので、気にはなっていたのです。結果は○でした。よかったよかった(-^□^-)


合格発表というと忘れられない生徒がいます。私が神奈川に近いある校舎(もう無くなっている)の校長だった頃、本当に優秀だったので女子の最難関である慶応女子高を受けさせて子がいました。その校舎、冬期講習の前日、前校長が経営陣とけんかして辞め、校舎内がとんでもない状況にあったころでした。最後まで本人が受験を迷っていましたが、オレを信じろ、と受験させ、結果×。


強い子でしたが、さすがに不合格を私に伝えに来た時は目が真っ赤になっていました。本当に済まなくて、頭を下げた私も思わず涙が出てきました。


その後、彼女は他の私立高校に進学し、その付属大学の経営学部を出たのですが、何と卒業して数年して司法書士の勉強をしたいと言いだしました。幸い、両親が健在なのと裕福な家庭だったので、仕事を辞めても食うに困らなかったのですが、法学部ならともかく、全くゼロから勉強するにはハードルが高すぎます。


年賀状や時候の挨拶のやり取りをしながら8年後、32歳で彼女は司法書士試験に合格し、得意の英語力を生かして、国際事務所に勤めています。彼女いわく、中3の時の辛さを考えれば、資格試験に落ち続けることは、まだ楽だったと。


教師は受かった生徒のことしか話さないことが多いのですが、私は受かった生徒より落とした生徒の方を忘れられません。失敗の傷が将来の糧となるならこれほど嬉しいことはありませんが、もしそれが自分の能力を発揮する足枷になってはいないかと不安になることもあります。私はいま彼女が自分の教え子であったことを誇りにすら思っています。


今の塾産業は、落ちた生徒の心のケアをする暇なく、教室責任者として、次年度の生徒集めに奔走しなければなりません。一緒に泣けることが無くなって、私はこの仕事への情熱を急速に失っていきました。一緒に笑うんでなく、泣けなければ塾屋の資格はないと。醒めた目ではできない仕事ですよね。