今日は義兄の七回忌です。義兄と言っても、妻と私の年齢差がかなりあるので私より年下でしたが。


もともと心臓が弱かったらしいのですが、連絡も無く会社を休んでいるので、同僚が尋ねていったところ、灯りもテレビをつけたままベッドの上で亡くなっていたそうです。


当時、仕事が忙しくロクに相手もしてあげなかった長男を可愛がってくれていつも遊んでくれ、中学校に入学した時にはお祝いにパソコンをプレゼントしてくれました。まだ独身で30歳代半ばでの早世はいかに無念であったかと思います。私と同じく長男で、口下手でいろいろ苦労された方ですが、本当に良い人でした。


退院したとはいえ、まだ充分に歩けず、畳に座ることもかなわないので、家族は出かけましたが私は欠席させていただきました。義父母と義弟には不義理をお詫びしましたが、心からご冥福を祈りたいと思います。


私の父も44歳で胃癌のため亡くなりましたが、やり残したことを考えると、その歳をはるかに超えた私が思うに、当時、小学生と中学生の私たち兄弟をを残し死ぬというその無念さは計り知れないものであったかと思います。

シベリア帰りの父は田舎でも有名な暴れん坊でヤクザも避けた人でしたので、不器用な長男の私には幼いころから厳しく接していました。当時の私はなんで日曜日ごとにゲンコツを食らわねばならないんだと恨んだこともありましたが、自分の余命を思い、どうにかしたいという強い気持ちがあったのではないかと思っています。


父は常々定年(当時55歳)になったら屋台のオヤジをやるんだと口癖のように言っていました。組織に縛られるのを嫌う遺伝子は息子たちに受け継がれ、弟は中華料理店を経営し、私は仕事を辞めて父が目標とした同じ歳で開業しようとしています。奇しくも父の夢を息子が実行することになったわけです。ある意味運命的なものを感じますね。


命をつなげた父と命をつなげなかった義兄、そう考えると一層義兄を失った悲しみは深くなってきます。また、世の中には命をつなげずに自ら命を断つ者が数多くいます。私は命をつなげるために必死に生き抜いてきた祖先から受け継いだ自分の命を無駄にしたくはありません。あの世に行ったとき、父にアンタの夢は叶えたよって言ってあげたいと思っています。あの世に行ってまでゲンコツを食らいたくありませんからね。