ユッシ・エーズラ・オールスン『特捜部Q ―檻の中の女―』 | 文学どうでしょう

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ユッシ・エーズラ・オールスン(吉田奈保子訳)『特捜部Q ―檻の中の女―』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。

 

「今、北欧ミステリがアツい!」というキャッチコピーがミステリファンを騒がせていたのももう随分前な気がしますが、きっかけは間違いなくハリウッドで映画化もされたスウェーデンの作家スティーグ・ラーソンの「ミレニアム」シリーズの大ヒット。

 

 

それを機に注目を浴びるようになり、数少ないながらも着々と翻訳が進んできた北欧ミステリは今では一つのジャンルというか、ひそかな人気を集めるくくりとして、すっかりミステリ界に定着したように思います。

 

北欧ミステリにたまたまそうした共通点があるのか、それともそういうものが進んで翻訳されているのかは分かりませんが、ぼくの印象では全体的に暗い雰囲気で、暴力描写などの痛々しい表現がある作品が多い気がします。

 

そうしたエグい作品は賛否両論に分かれがちで、ぼくも血とかが得意な方ではないので、グロすぎるものはあまり好みませんが、怖いもの見たさというか、英米あるいは日本のミステリにはない、リアルで生々しい質感が、好きな人にはたまらない感じなのだろうと推察はできます。

 

さて、今回紹介する『特捜部Q ―檻の中の女―』は「ミレニアム」とともに日本における北欧ミステリのブームを牽引してきたシリーズ(というぼくの中の印象)で、こちらは北欧のデンマークの作品。

 

自らも重傷を負い、部下を失った過去の事件のトラウマを抱えた刑事カール・マークと、そのアシスタントとなった、シリア系のアサドが新設された”特捜部Q”で未解決事件に挑むことになる、というお話です。

 

物語のタイプとしては、正反対の二人がひょんなことからタッグを組むことになり、最初はぶつかりあうものの次第に打ち解け、お互いに足りない部分を補い合って、いつしかかけがえのない仲間になっていくという、わりとよくあるバディ(相棒)もの。

 

ではあるものの、常にひょうひょうとした態度の中に、きらりと光る洞察力を見せるアサドの謎めいた過去など、個々のキャラクターについては、この第一作ではまだそれほど深掘りされてはいないので、これからシリーズを読み進めていくのが楽しみ、といった感じです。

 

作品のあらすじ

 

2007年(現在)と2002年(過去)の、二つの物語が交互に展開されていきます。2007年、コペンハーゲン警察の殺人捜査課で二十五年務めているカール・マークは、重傷を負った怪我から復帰を果たしました。

 

しかし、かつてのような情熱はもう失ってしまっていたのです。怪我の原因となったアマー島での出来事のせいでした。カールが部下のアンカー・ホイア、ハーディ・ヘニングスンとともに、死体の頭骨にステープル釘打機によって釘が打たれていた事件の捜査をしていた時のこと。

 

一人だと思っていた犯人が複数おり、突如、銃撃を受けたカールのチーム。アンカーは亡くなり、ハーディは怪我が原因で寝たきりの状態になってしまったのです。そして、病院に面会に行くたびに自分を楽にしてくれとハーディはカールに頼むのでした。

 

よき理解者だったチームの仲間を失った、元々気難しい性格のカールは、復帰こそしたものの、くり返しの遅刻や電話の無視、むやみやたらに色んな事件に首を突っ込むことで、殺人捜査課のみんなから煙たがられてしまいます。

 

殺人捜査課長と副課長は名案を思いつきました。政治家の票集めのために、”特捜部Q”という、迷宮入りした事件を追う部署が新設されそうなのですが、そこにカール一人を配属しようと。そうすれば支給される予算の大部分を、殺人捜査課で使えるから。

 

そうして、”特捜部Q”を立ち上げることになったカールでしたが、部下を一人もつけてもらえないと知って、憤慨します。少なくとも、書類仕事などの雑務を引き受けてくれる秘書が一人は必要だと主張しました。やがて、アシスタントが配属されます。

 

「はじめまして。アサドといいます」彼はそう言ってカールに手を差し出した。
カールは、自分がどこにいて、誰に話しかけられているのか、とっさにはわからなかった。その日の午後も世界を揺るがす大事件は何ひとつなく、片脚を机の縁にのせ、腹の上に数独の冊子を置き、あごを胸につけてうとうとしていたのだ。シャツにはしわが寄り、机から脚を下ろすとしびれていてピリピリした。カールは目の前に立つ浅黒い肌の男をいぶかしげに見つめた。どう見ても俺より年上だ。
「それで、何か?」投げやりに返事した。
「カール・マークさんでしょう。ドアに書いてありました。あなたの手伝いをするように言われてきました。合ってます?」
 どんな返事をしたものか、カールは目を細めて考えた。
「ああ、待っていたんだ」結局、口から出たのはこの言葉だった。(69頁)

 

2002年、民主党副党首のミレーデ・ルンゴーは、その美貌から人気を集めていました。しかし浮いた話はなく、仕事が終わるとまっすぐに帰るのが習慣となっています。家では障害を持つ弟のウフェが帰りを待っているから。

 

ある時、「ナノ粒子による健康被害および胎盤の免疫防衛とその検査の必要性」についての陳情団と面会したミレーデは、研究者のダニエル・ヘイルと名乗る男と出会い、心惹かれました。しかし、ウフェの面倒を見なければならないので、深い関係になっていくことを怖れます。

 

ミレーデは携帯電話取り出して、「よく考えたのですが、やっぱり無理です。仕事と弟のことで精一杯なんです。それは今後も変わらないと思います。本当に残念だけど、ごめんなさい」(64頁)というボイスメールを残すと、手帳にあった番号を線で消したのでした。

 

年に一度は旅をすることにしており、週末にウフェを連れてベルリンに行く予定を立てていたミレーデ。家政婦から、男性が持ってきたと封筒を渡され、中を見ると、“ベルリンへよい旅を”という手紙が入っていました。ミレーデは涙をこらえます。

 

旅の途中、ウフェを連れて船に乗っている時のこと。ミレーデは手紙をもう一度読み返すと、封筒に入れて海に投げました。するとはしゃいだウフェも続けて帽子を海に投げ込みます。ところがそれはお気に入りの帽子だったので、ウフェは海に飛び込んで取りに行こうとしました。

 

ウフェと揉め合ってなんとかやめさせた後、トイレに行ったウフェを待っていたミレーデは、後ろから不意打ちをくらって意識を失います。

 

そして、意識を取り戻した時には真っ暗な空間、七、八メートルの奥行き、少なくとも五メートルの幅、壁に割れそうにない強度のガラスでできた二枚の丸窓のある長方形の部屋に閉じ込められていたのでした。

 

2007年、未解決事件である、政治家ミレーデ・ルンゴーの失踪事件の再捜査を始めたカールとアサドは、当時の関係者に聞き込みを始めます。船から身を投げて、自ら命を絶ったのではないかという説も濃厚でした。

 

しかしやがて、ミレーデが親しくしていた可能性のあるダニエル・ヘイルが、ミレーデが行方不明になった翌日に車の事故で死んでいたことが分かります。

 

カールとアサドは、少しでもなにか知っていることはないかと、ミレーデの弟で、施設に入っているウフェに面会を試みますが……。

 

はたして、新設されたばかりの“特捜部Q”は、ミレーデ失踪事件に隠された、驚くべき真相を解き明かすことができるのか!?

 

というお話です。2007年の、政治家失踪事件の捜査をすすめるカールとアサド、そして2002年の、暗闇の部屋に閉じ込められてもがくミレーデの二つの物語が交互に描かれていく作品です。捜査パートは興味深くて面白いですが、監禁パートはなかなかにエグいです。

 

リアルと言えばリアルなのですが、排泄事情が克明に描かれていたり、色々と血が出たりする描写があって、結構グロくて、ぼくは正直ちょっと引いちゃいましたが、まあ、そういうところも、重厚さとリアルさが魅力の北欧ミステリならではの醍醐味という気はします。

 

ちなみに、文庫カバーに書かれた著者紹介によると、北欧ミステリを対象にした「ガラスの鍵賞」という文学賞があって、「特捜部Q」シリーズは第三作目でそれを受賞しているとのこと。

 

なので、「特捜部Q」はこれからどんどんシリーズとして面白くなっていく可能性があって、この先、偏屈者カールと変人アサドの物語がどんな風に展開されていくのか楽しみです。