ミッキー・スピレイン『裁くのは俺だ』 | 文学どうでしょう

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裁くのは俺だ (ハヤカワ・ミステリ文庫 26-1)/早川書房

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ミッキー・スピレイン(中田耕治訳)『裁くのは俺だ』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読みました。

『ターミネーター2』の「アイル・ビー・バック I'll be back」と並ぶ映画の名台詞と言えば、『ダーティハリー4』の「ゴーアヘッド・メイク・マイ・デイ Go ahead, Make my day」でしょう。

クリント・イーストウッド演じる型破りの刑事ハリー・キャラハンが人質に銃を突きつけた犯人に言った台詞。"Make O's day"は本来いい意味で使い「Oを楽しい気持ちにさせる」という意味の言葉です。

ダーティハリー4 [DVD]/クリント・イーストウッド,ソンドラ・ロック,オードリー・J・ニーナン

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普通の刑事なら「やめろ、撃つんじゃない!」と言ったり、犯人に脅され銃を捨てさせられたりする緊張の場面ですが、銃を突き付け「やれよ、楽しい気分にさせてくれ」と言ったわけですからものすごい。

日本の刑事ドラマでは大袈裟に言えば、「故郷のお袋さんが~、カツ丼食うか」のコンボをかまして「私がやりました」と犯人に自供させるのがお約束。物語は人情話的であり犯人は法によって裁かれます。

「ダーティ」(汚い)な仕事も請け負う「ダーティハリー」シリーズは犯人をためらいもなく射殺してしまう過激さがあって、好き嫌いは分かれますが今観ても衝撃的なシリーズなので、機会があればぜひ。

1970年代、映画史に大きな衝撃を与えたのが「ダーティハリー」シリーズならば、1940年代のハードボイルド界に暴力とセックスを持ちこみ、衝撃を与えたのが今回紹介するミッキー・スピレイン。

デビュー作『裁くのは俺だ』からものすごいですよ。親友を殺した犯人を私立探偵のマイク・ハマーが追う物語で、枠組みは典型的なハードボイルドですが、最初から犯人を殺す気満々で動いていくのです。

「ジャック、貴様はもう死んじまった。いまは、もう俺の言葉も聞こえないんだ。聞いていてくれるかも知れないな。たのむよ。これから俺の言うことは聞いていて欲しいんだ。ジャック、君は長いつきあいだったからこの俺がどんな男か知ってるだろう。俺の言葉は、一度こうといったからには生きている限り違えたことのないものだ。君を殺した野郎は俺があげてやるぜ。そいつは電気椅子に腰かけるんじゃない。絞首刑にもならないんだ。君が死んだのとおなじようにヘソのすぐ下の内臓のなかに・四五口径の弾をくらって死ぬんだ。そいつが誰だろうと、ジャック、俺がそいつをあげてやる。おぼえておけよ、いいな、そいつが誰だろうと、だ。俺は約束するぞ」(11ページ)


物語の展開や結末は、おそらくこの小説を手にするほとんどの人の予想通りのものですが、そこから受ける衝撃というか揺さぶられる感情みたいなものは、やはり他のハードボイルドとは明らかに違います。

ミッキー・スピレインを愛読したことで知られる日本の作家と言えば『蘇える金狼』など、アウトローの主人公の暗躍を描く作品を多く残した大藪春彦。なので大藪春彦ファンは読むべし読むべし! です。

蘇える金狼 野望篇 (角川文庫 緑 362-2)/KADOKAWA

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「暴力&セックス」で賛否両論を巻き起こし、熱狂的な読者を集めた一方で、低俗の一言で切り捨てられることもあったミッキー・スピレイン。一体どんな作品なのか、ぜひその目で確かめてみてください。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 俺は帽子から雨をふるい落して、その部屋に入った。誰も口をきくものはなかった。みんなていねいにうしろに退って、俺は自分にみんなの視線がむけられるのを感じた。パット・チェンバースは寝室のドアの傍に立って、マーナの気をしずめようとしていた。その若い女の身体は、乾ききった嗚咽に苦しみもだえていた。俺は近づいて行って彼女の身体に腕をまわした。(7ページ)


その部屋では〈俺〉の親友のジャック・ウイリアムズが撃ち殺されていたのでした。ジャックは単なる友達ではなく、自分の片腕を犠牲にしてまで〈俺〉を守ってくれた、かげかえのない戦友だったのです。

ジャックの婚約者マーナ・デヴリンが泣き崩れる中、〈俺〉は殺人課の警部のパット・チェンバースに宣言します。犯人は必ず自分の手であげる、警察に突き出すのではなく自分のこの手で裁いてみせると。

オフィスに戻ると、秘書のヴェルダが既に調べを進めていてくれました。ジャックが開いたパーティーに集まっていた人々の資料をまとめておいてくれたのです。とびきり魅力的な脚をしている、ヴェルダ。

ヴェルダは私立探偵の身分証明書を持ち・三二口径のオートマティックを手に自ら動くこともある女性。口説こうものなら家庭を持つ羽目になりそうなので、雇い始めた三年前から全く手を出していません。

早速捜査に移ることにした〈俺〉ですが、警察の尾行がついているか否かヴェルダと賭けをします。パットは利口だから〈俺〉に尾行をつけても無駄だと思いつけていないだろうというのがヴェルダの意見。

〈俺〉は尾行がついている方に賭け、ヴェルダが勝てば結婚許可証を〈俺〉が勝てばサンドウィッチを奢ってもらうことになりました。オフィスの外へ出ても、刑事は姿を見せず、ヴェルダの頬が緩みます。

ところが明らかに拳銃を肩に隠している男が現れヴェルダはしょんぼり。これからどこへいくか尋ねると「食堂さ。君がサンドウィッチを買って下さる場所だよ」(28ページ)と〈俺〉は答えたのでした。

ジャックのパーティーに参加していたのは、二十三歳ほどの医学生ハル・カインズ、父親の遺産で贅沢三昧な暮らしをしている二十九歳の双子ベレミイ姉妹、暗黒街の顔役であるジョージ・カレッキイなど。

とりあえず最も怪しいカレッキイに会いに行きました。執事に止められますが、強引に中に入りカレッキイに身に覚えがないか尋ねます。

「よくもそんなことがいえるもんだ」と俺に毒づいた。「警察のほうではあの殺人と私を結びつけようとはしなかったんだ。ジャック・ウイリアムズは私が彼のアパートから帰ってから数時間後に殺されている」
 俺は一歩前によって、拳いっぱいに彼のシャツの前をひっつかんだ。「よく聞けよ、いやらしい小男め」と彼の顔へ唾をひっかけて、「貴様にわかる言葉で話してるんだ。警官がどう思おうと俺の知ったことか。貴様に嫌疑がかかっていりゃ、俺がかけているのよ。俺は物のけじめをつける男だ。その野郎が罪を犯した男だと認めたら、その男は死ぬんだぜ。(中略)俺を片づけようたって、それより早く手前のような下劣なやつらは束にして撃ちまくってやるさ。その連中のなかの一人は俺の目ざす野郎になる筈だ、運よく生き残ったやつらはよくよく悪運が強いんだぜ。そういうやつらはどいつもこいつも叩けば埃のでる連中だからな」(31ページ)


ジャックの婚約者マーナは元々麻薬常習者で、警官だった頃のジャックと知り合ったのでした。そのマーナの精神面の治療に当たっていたのがブロンドで、輝く美貌を持つ精神科医シャーロット・マニング。

ジャックの死に関する手掛かりらしい手掛かりをつかむことが出来ず〈俺〉はシャーロットの美しさに魅せられたり、ベレミイ姉妹に誘惑されたりするばかり。カレッキイと思しき勢力に銃撃されたことも。

やがて、片腕を失ったため警官には戻れず、保険会社の調査部で働いていたジャックが、なんらかの事件を追っていたことに気付きます。暗号のようなメモを元に、〈俺〉は売春宿へ向かったのですが……。

はたして、ジャックが追っていたヤマとは何なのか? そして〈俺〉は誓った通り、ジャックを殺した犯人を自らの手で裁けるのか!?

とまあそんなお話です。〈俺〉マイク・ハマーと秘書ヴェルダの関係性が面白いです。マイクの様子から女遊びの匂いを嗅ぎつけるとヴェルダはずっと機嫌が悪くマイクが冗談で結婚を仄めかすと喜びます。

ところで、「マイク・ハマーってなんか聞いたことあるなあ、濱マイクってなんかなかったっけ?」と思った方もいると思いますが、林海象監督、永瀬正敏主演の「私立探偵濱マイクシリーズ」があります。

映画が三本、その後ドラマにもなりました。私立探偵ということ以外内容的にはあまり関係がないですが、勿論主人公の濱マイクは、マイク・ハマーからとられています。その辺りに興味のある方も、ぜひ。

次回は、東山彰良『ジョニー・ザ・ラビット』を紹介する予定です。