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ルイス・サッカー(幸田敦子訳)『穴 HOLES』(講談社文庫)を読みました。
たとえば、映画で言えばポール・ニューマン主演で1967年に公開された『暴力脱獄』など刑務所暮らしを描いた名作があります。『あしたのジョー』に影響を与えた感じもあるので、機会があればぜひ。
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刑務所で厳しい労働を課せられた主人公は、痛めつけられながらも体制に刃向い続け、少しずつ刑務所の仲間たちの心をつかんでいくのでした。人間ドラマの雰囲気もあって、見応えのある面白い作品です。
刑務所に入れられている囚人たちは犯罪者なので、そういう辛い目にあっても自業自得という感じがあるというか、むしろワルだからこそさらに脱獄というある意味では心躍る展開になっていくわけですね。
さて、今回紹介する『穴 HOLES』もまた簡単に言えばそういう刑務所ものの系譜に属する作品ですが、児童文学の有名な賞であるニューベリー賞を受賞していることから分かるように子供が主人公の物語。
主人公のスタンリーは「グリーン・レイク・キャンプ」とは名ばかりの、緑も湖もない不毛の土地に悪ガキどもを集め、穴を掘る労働をさせて、心身ともに鍛え直そうというキャンプに送られてしまいます。
そんなところに送られるぐらいですから、どれほどの悪ガキかというと、これが太っちょで、どんくさくて、学校ではいじめられている少年なんですよ。身に覚えのない罪を背負わされてしまったのでした。
目的も分からず黙々と穴を掘らされる暮らしに心身ともに打ちのめされていくスタンリー。せめて友達がいれば変わって来るでしょうが、周りは悪ガキばかりでそういうノリにはとてもついていけずに……。
この作品には大きな魅力が二つあります。まずは「スタンリーたちは何故穴を掘らされるのか?」という謎。所長はどうやらなにかを探しているらしいのですが、その謎をめぐる物語が展開されていきます。
そしてもう一つの魅力は、スタンリーの成長。スタンリーは幸せな状態から不幸せな状態に突然追いやられたわけではなく、いじめられっこなので、実は元々の日常生活もクソみたいな日々だったわけです。
なので、死ぬほど辛く苦しいキャンプ生活を送りながらもスタンリーは自分の欲しかったもの――かけがえのない友達や自分の意志で行動する勇気――を手に入れるチャンスを、つかむことになるのでした。
『穴 HOLES』は基本的には中学生や高校生、いわゆるヤングアダルト向けと言われていますが、穴掘りに隠された謎めいた物語や、自分自身を見つめ直すストーリーは大人でも楽しめるだろうと思います。
作品のあらすじ
いじめっ子のデリック・ダンに、しょっちゅう悩まされているスタンリー・イェルナッツ。しかし周りの人々は、深刻な問題だと思ってくれません。なにしろスタンリーの方がずっと体が大きいのですから。
その日もスタンリーはデリックにノートを奪われ、しまいには男子トイレの便器に落とされてしまったのでした。デリックを追いかけ回していたためバスに間に合わなかったので、とぼとぼ歩いて帰ります。
すると、高速道路の下を通った時に空から降って来て頭にあたったものがありました。古ぼけためちゃくちゃ臭い靴。発明家の父が靴を研究していたので、急いで持って帰ろうとスタンリーは走り出します。
そこへパトカーがやって来て、スタンリーは捕まってしまいました。その靴はチャリティーのためにホームレスの避難所に展示されていたクライド・リヴィングストンというプロ野球の選手の靴だったから。
それで、スタンリーは、法廷でほんとのことを話したけれど、嘘もちょっぴりまじえたほうが有利だったかもしれない。通りに落っこってたのを拾ったんです、そう言ってもよかったのだ。空から降ってきたなんて、だれも信じちゃくれなかった。
神さまからの贈り物だと思ったのに、大まちがいもいいとこだった。またしても、あんぽんたんのへっぽこりんの豚泥棒のひいひいじいさんのせいだった!
裁判官は、スタンリーのやったことを「卑劣」と言った。「スニーカーには五千ドル以上の値打ちがあり、それは、家のない人々に食べ物と宿を提供するためのたいせつなお金だった。きみは、そのたいせつなものを、自分だけの記念にしたいからといって、盗んだのだ」
そして、グリーン・レイク・キャンプに、ひとつ空きがある、と言った。キャンプでの規律ある生活がきみの根性を直してくれるかもしれない。キャンプに行くか刑務所に入るか、きみはどちらを選ぶね?(38~39ページ)
こうしてスタンリーはキャンプに送られ、直径一・五メートル、深さ一・五メートルの穴を、毎日シャベルで掘るように命じられたのでした。スタンリーが入ることになったのは六つあるテントの内のD班。
担当の指導員はミスター・ペンダンスキー。子供たちはあだ名で呼び合っています。X線、イカ、磁石、腋の下、ジグザグ、ゼロ。ゲロ袋の代わりに入ったスタンリーは原始人と呼ばれるようになりました。
スタンリー一家は、スタンリーのひいひいじいさんが呪いをかけられてから、なにかとついていないのでした。なのでスタンリー家は代々辛いことがあったら、豚泥棒のひいひいじいさんの悪態をつきます。
母さんは何かあると株で大儲けしたスタンリーのひいじいさんの話をして励ましてくれました。ただ、無法者〈あなたにキッスのケイト・バーロウ〉に全財産を奪われたことに触れないのがお約束でしたが。
豚泥棒のひいひいじいさんを呪いながら、ひたすら穴掘りに励むスタンリーは化石を見つけて喜びます。変わったものを掘り当てて、所長のお気に召したなら、その日は休んでいいという決まりだったから。
ところが、ミスター・ペンダンスキーに所長は化石に興味がないと言われてしまったのでがっかり。その後スタンリーは中指ほどの大きさの金色の筒を見つけます。ハートの輪郭にKBと書かれていました。
しかしそれをD班のリーダー的存在のX線に無理やり奪われてしまったのです。X線は休みをもらい、所長は実際に発見された場所とは違う、X線の掘っていた穴の近くを重点的に掘るよう命じたのでした。
母さんと手紙のやり取りをしていると、みんなから頭がからっぽだと馬鹿にされているゼロが、字の読み書きを教えてほしいと頼んで来ます。穴掘り後にとてもそんな元気はないとスタンリーは断りました。
ところが、思わぬことにゼロが力を貸してくれたことで、ゼロが毎日一時間穴掘りを手伝う代わりに、読み書きを教えることになり、スタンリーはやがてゼロが驚くべき才能を秘めていることに気付きます。
友情を育み始めたスタンリーとゼロでしたが、スタンリーがゼロに代わりに穴を掘らせていることが周りの連中の気に食わいません。とっくみあいのケンカになり読み書きの授業を禁じられてしまいました。
所長とミスター・ペンダンスキーから頭が空っぽだと馬鹿にされたゼロはミスター・ペンダンスキーをシャベルで殴り「穴堀りなんか大っきらいだ」(196ページ)と、キャンプを飛び出してしまいます。
雨が降らず湖は干上がり、毒を持つガラガラ蛇がうようよしているこの不毛の大地。キャンプから離れて、長い間生き延びられる環境ではありません。スタンリーはゼロが渇き、苦しんでいる悪夢を見ます。
日が昇ってすぐ、給水トラックがやってきた。スタンリーは磁石の後ろ、ぴくぴくの前に並んだ。
まだ間に合うとしたら?
スタンリーは、ミスター・サーがX線の水筒に水を入れるのを見つめていた。頭にはまだ、熱く乾いた大地を這うゼロの姿が、くっきりある。
でも、自分になにができるだろう? たとえゼロが、四日以上たったいまもなんとか生きているとして、どうやって見つければいい? 何日かかるかわからない。車がいる。
そう、ピックアップ・トラックが。給水タンクを荷台に積んだピックアップ・トラックが……。
キーはイグニションに差しこんだままだろうか。
(206~207ページ)
ひいじいさんが〈あなたにキッスのケイト・バーロウ〉に襲われてこの辺りをさまよった時に助かった方法を知っていたスタンリーは、自分ならゼロを助けられると勇気を出し、思い切った行動に出て……。
はたして、スタンリーはゼロを救うことが出来るのか? そして、グリーン・レイク・キャンプで、子供に穴を掘らせていた理由とは!?
とまあそんなお話です。いじめられているばかりの灰色の生活を送っていたスタンリーが、ようやく見つけたゼロという友達。そのゼロの命を救うために、スタンリーは、かつてない勇気を見せるのでした。
この作品は、「どうしてこのエピソードがここで書かれているんだろう?」という風に突然全く関係ない話が書かれることがあります。おいしいピーチ・ジャムを作るキャサリン・バーロウの恋物語だとか。
ところが、そうした全然関係ないはずの小さなエピソードが後半にいくに従って重なり合う痛快な展開になっていて、すさまじい伏線の回収具合ににやにやさせられたり、スカッとさせられたりするのです。
読み終わった後、すぐにもう一度初めから読み返したくなるほど、色んな伏線が張り巡らされた作品。読みやすく面白くて、なんだかじんわりと感動させられる、子供も大人も楽しめるおすすめの一冊です。
次回は、J.D.サリンジャー『フラニーとズーイ』を紹介する予定です。