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J・K・ローリング(松岡佑子訳)『ハリー・ポッターと秘密の部屋』(静山社)を読みました。「ハリポタ」シリーズ第二巻です。
第一巻『賢者の石』の紹介で、「ハリポタ」の魅力の一つは物語への入り込みやすさと書きました。主人公のハリー・ポッターは魔法界では有名人ですが、人間界では見事なまでにいじめられっ子なのです。
しかも人間界で育ったため、魔法界のことをハリーは全然知りません。それだけに読者は等身大に感じられる少年と一緒に魔法について色々学び大いなる敵と戦える、そんな共感しやすい物語なのでした。
ただ、感情移入しやすい物語ならたくさんある、というか児童文学の多くはそうですから、大ベストセラーになった謎を解く鍵にはなりません。実は「ハリポタ」最大の醍醐味はミステリ要素にあるのです。
『賢者の石』でホグワーツ魔法魔術学校には、四つの学寮があると紹介しましたね。ハリー、ロン、ハーマイオニーがグリフィンドール。
そして、ハリーを目の敵にするドラコがいるのがスリザリンでした。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンというのは元々千年以上前にホグワーツを創設した魔法使いの名前です。
しかし意見の食い違いでスリザリンは学校を去ることになりました。
ビンズ先生はここでまたいったん口を閉じた。口をすぼめると、しわくちゃな年寄り亀のような顔になった。
「信頼できる歴史的資料はここまでしか語ってくれんのであります。しかしこうした真摯な事実が、『秘密の部屋』という空想の伝説により、曖昧なものになっておる。スリザリンがこの城に、他の創設者にはまったく知られていない、隠された部屋を作ったという話がある」
「その伝説によれば、スリザリンは『秘密の部屋』を密封し、この学校に彼の真の継承者が現れるときまで、何人もその部屋を開けることができないようにしたという。その継承者のみが『秘密の部屋』の封印を解き、その中の恐怖を解き放ち、それを用いてこの学校から魔法を学ぶにふさわしからざる者を追放するという」
先生が語り終えると、沈黙が満ちた。(225~226ページ)
意見の食い違いというのは、人間を親に持つ生徒を受け入れるかどうか。スリザリンは、受け入れるべきではないと思っていたんですね。
つまり、スリザリンの継承者が現れて、『秘密の部屋』が開けられると、人間を親に持つ生徒は、なんらかの方法で淘汰されてしまうことになるわけです。そしてそう、ハーマイオニーの両親も人間でした。
やがて不可解な事件が続けて起こり『秘密の部屋』が開けられたと知ったハリーとロンはハーマイオニーを守るため、”誰が”開けたのか、そして、過去に開けられた時には”何が”起こったかを探り始めます。
しかし、あろうことかハリーが継承者だと疑われてしまって――。
まあここまででもう大体お分かりだと思いますが、過去の出来事の謎を追う物語であり、出来事が誰によって起こったかを追及する物語であり、犯人に間違えられてしまう物語と、ミステリ要素が盛り沢山。
さとうふみやのマンガ『金田一少年の事件簿』における「金田一少年の殺人」、いや、その元ネタであるヒッチコック監督の映画『北北西に進路を取れ』を思わせるようなスリリングさがある物語なのです。
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ちなみに『北北西に進路を取れ』は、スパイに間違えられてしまった会社重役の逃走劇。面白いですよ。場面としてのオマージュが結構あるので、「金田一少年の殺人」が好きな方もぜひ観てみてください。
そんな風に、「ハリポタ」は叙述トリック(作者が文章で読者を騙すトリック)まで張り巡らされたミステリの魅力あふれる小説で、続きが気になって、読者は思わずページをめくらされてしまうのでした。
ファンタジー×学園もの×ミステリというそれぞれの要素がバランスよく融合されているのが「ハリポタ」醍醐味で、それが物語への入り込みやすさ、ハマりやすさの大きな理由なのではないかと思います。
作品のあらすじ
新年度前にホグワーツ魔法魔術学校は夏休みに入りました。親戚のダーズリー夫妻の元で、魔法を禁じられ、虐げられた、とてもみじめな生活を送っていたハリー・ポッターの前に、奇妙な存在が現れます。
ベッドにいたのは「コウモリのような長い耳をして、テニスボールぐらいの緑の目がギョロリと飛び出した小さな生物」(20ページ)。
魔法界では知らない者がいない有名人ハリーと会えて感激している様子を示した生物は、主人に仕える『屋敷しもべ妖精』のドビーと名乗り、危険だから、ホグワーツに戻ってはいけないと言ったのでした。
「どうして?」ハリーは驚いて尋ねた。
「罠です、ハリー・ポッター。今学期、ホグワーツ魔法魔術学校で世にも恐ろしいことが起こるよう仕掛けられた罠でございます。ドビーめはそのことを何ヶ月も前から知っておりました。ハリー・ポッターは危険に身をさらしてはなりません。ハリー・ポッターはあまりにも大切なお方です!」
「世にも恐ろしいことって?」ハリーは聞き返した。「誰がそんな罠を?」
ドビーは喉を締めつけられたような奇妙な声をあげ、狂ったように壁にバンバン頭を打ちつけた。(26ページ)
ドビーには禁じられていて言えないことがあるのです。ドビーはハリーをホグワーツに戻らせないために、ロンやハーマイオニーからの手紙を止めたり、家で暴れ回ったりして、ハリーを困らせたのでした。
去年のように、キングズ・クロス駅の9番線と10番線の間にある柵を通り抜けようとしたハリーとロンでしたが、何故だか、柵を通り抜けることが出来ずに、ホグワーツ特急に乗り遅れてしまったのです。
困ってしまった二人は、ロンの父親が改造して、空を飛べるようになった車を使って、ホグワーツ特急に追いつこうとしたのですが……。
新しく「闇の魔術に対する防衛術」の担当教授になったのが、数々の偉大な行動を綴った著書で知られる大スター、ギルデロイ・ロックハートでした。特に女性ファンが多くて、ハーマイオニーもその一人。
しかし、ピクシー小妖精を使った授業でとんだ失敗をしたので、ハリーとロンはロックハートにうさんくさいものを感じ始めます。ロックハートを弁護したのは、熱心な本の愛読者である、ハーマイオニー。
一方、ハリーは彼は自分が何をやろうとしたかすら分かっていなかったと言い、ロンもまた、本での様々な活躍に対して、「ご本人はやったとおっしゃいますがね」(152ページ)とつぶやいたのでした。
やがてハリーは学校の中で奇妙な声を耳にするようになります。それは冷たく、残忍に響く声で、「……引き裂いてやる……八つ裂きにしてやる……殺してやる……」(204ページ)などと言うのでした。
一体どこから聞こえるのか分かりませんし、不思議なのは、一緒にいるロンやハーマイオニーの耳には聞こえないこと。そして、ついには学校内で恐ろしい事件が相次いで起こっていくこととなったのです。
「秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ」(206ページ)という文字と一緒に見つかったのは、管理人の飼い猫ミセス・ノリス。目を見開き板のように硬直した石の状態になっていました。
かつてホグワーツが出来る時、人間の両親を持つ「穢れた血」を学校に受け入れるべきではないと考えていたスリザリンが作ったのが『秘密の部屋』。それが開かれたなら、恐ろしいことが起こりそうです。
ハーマイオニーの両親は人間なので、なにかあると心配ということもあり、ハリーとロンは、『秘密の部屋』を一体誰が開けたのか、かつて開けられた時には、何が起こったのかを調べることを決めました。
なにかを知っていそうなのが、ハリーと衝突してばかりのドラコ・マルフォイ。代々スリザリンの名門で、ハーマイオニーを「穢れた血」と呼ぶドラコなら、『秘密の部屋』のことに、かなり詳しそうです。
「何をやらなければならないかというとね、わたしたちがスリザリンの談話室に入り込んで、マルフォイに正体を気づかれずに、いくつか質問することなのよ」
「だけど、不可能だよ」ハリーが言った。ロンは笑った。
「いいえ、そんなことないわ」ハーマイオニーが言った。
「ポリジュース薬が少し必要なだけよ」
「それ、なに?」ロンとハリーが同時に聞いた。
「数週間前、スネイプがクラスで話してた――」
「魔法薬の授業中に、僕たち、スネイプの話を聞いてると思ってるの? もっとましなことをやってるよ」ロンがぶつぶつ言った。
「自分以外の誰かに変身できる薬なの。考えてもみてよ! わたしたち三人で、スリザリンの誰か三人に変身するの。誰もわたしたちの正体を知らない。マルフォイはたぶん、なんでも話してくれるわ。今ごろ、スリザリン寮の談話室で、マルフォイがその自慢話の真っ最中かもしれない。それさえ聞ければ」
(238~239ページ)
しかし、最大の問題は、作戦の肝心要のポリジュース薬を手に入れるのが大変なこと。材料を集めること自体難しそうですが、そもそも作り方が書かれた本は、図書館の『禁書』の棚に収められていて……。
はたして、ハリーたちは『秘密の部屋』の謎を解けるのか!?
とまあそんなお話です。ぼくが「ハリポタ」で好きな登場人物については、また最終巻の時に少し書こうと思っているのですが、その人物を除いたなら、実は、かなり好きなのが、ロックハートなんですよ。
鳥山明のマンガ『ドラゴンボール』でいうところのミスター・サタン的なキャラクターですが、言うことは大きく、空気を一切読まず、行動はちょっとずれているという、うさんくさい感じがたまりません。
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ロックハートが好きという人は多くないだろうと思いますが、嫌いという人もまた多くないはずで、まあ憎めないキャラクターですよね。
ロックハートには思いがけない出来事が待ち受けているのですが、それがそうなるためには、あれがあれしてなければならず、しかし、そもそもあんなことがなければ、そうなることはなかったわけでした。
という具合に、分からない人は分からないと思いますが、見事に伏線が張られている作品で、もしかしたら意外な展開や、いくつもの伏線が一気に回収されていく痛快さは、シリーズで随一かも知れません。
明日もJ・K・ローリングで、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』を紹介する予定です。