ジェイムズ・H・シュミッツ『惑星カレスの魔女』 | 文学どうでしょう

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惑星カレスの魔女 (創元SF文庫)/東京創元社

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ジェイムズ・H・シュミッツ(鎌田三平訳)『惑星カレスの魔女』(創元SF文庫)を読みました。

スタジオジブリの映画に『紅の豚』という宮崎駿監督作品があります。何故か豚になってしまったポルコ・ロッソがちょっとキザながら凄腕のドナルド・カーチスと飛行艇で戦いを繰り広げるという物語。

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派手な冒険譚ではないだけに好き嫌いが分かれる作品ですが、それぞれの人物が抱える人生の重みが伝わって来ますし、戦争によって傷つけられたさみしさが全編を包み込む、ぼくのお気に入りの一本です。

その『紅の豚』の中に、フィオ・ピッコロという少女が出て来ます。厳しい時代なのでピッコロ社の男手が出払っていて、その若いフィオが、ポルコの新しい飛行艇の設計を担当することになったんですね。

若いことを理由に仕事を断られそうになったフィオが咄嗟に、飛行艇乗りに必要なのは経験か、それともインスピレーションかと尋ねて、ポルコを納得させる名場面があるので、ぜひ注目してみてください。

ポルコは、ピッコロ社に借金するような形で飛行艇を作ったのですが、借金を踏み倒されないように、そして試運転もろくに出来なかったので微調整が必要だと、勝手にフィオがついて来てしまうんです。

そこから自分の美学を持つ孤独な中年男と、元気いっぱいの少女の奇妙な道中が始まるわけですが、この不思議な関係性がいいんですよねえ。恋人でもなく親子でもなく、それでいてとても強い絆があって。

さてさて、今回紹介するシュミッツの『惑星カレスの魔女』はSFで、「スペース・オペラ」と呼ばれる、宇宙を舞台にした冒険活劇なのですが、『紅の豚』に似た不思議な関係性を描いた作品なんです。

物語の主人公は、積荷を仕入れて別の星で売る仕事をしているベンチャー号のパウサート船長。ある星で、奴隷として使われていた三姉妹を助けてやったのですが、それがパウサート船長の運の尽きでした。

なんとその三姉妹は、交流が禁じられた、恐るべき惑星カレスの魔女たちだったのです。パウサート船長は故郷の星を追われてしまい、勝手に船に乗り込んだ次女のゴスと旅をすることになってしまいます。

不思議な能力が使えるゴスに、とにかく振り回されている内に、銀河の運命を左右するような強大な敵と戦うことになってしまい・・・。

ゴスは10歳ほどの少女ですが、物をテレポーテーションさせたり、パウサート船長の知らないことを何でも知っていますから、能力や知識の面では、パウサート船長の言わば師匠的な存在になるわけです。

パウサート船長は中年というほど年は取っていませんが、『紅の豚』におけるポルコとフィオのように、パウサート船長とゴスの関係性もなかなかにいいんですよ。こういう絆の物語、ぼくは好きですねえ。

ちなみに、お気付きの方もいるかと思いますが、『惑星カレスの魔女』のカバーイラストは、なんと、宮崎駿が担当しているんですよ。

宮崎駿が気に入っている作品というだけに、ユーモラスな雰囲気、冒険の要素、強い絆が描かれるなど、ジブリ映画と共通点があります。

ジブリファンが表紙に釣られて読んでも、間違いなく楽しめる作品なので、これはもうぜひ表紙に釣られてしまってください。SFというよりはファンタジーに近い、読んでいてわくわくさせられる物語。

作品のあらすじ


ニッケルダペイン共和国のパウサート船長は、なりたくて船長になったわけではありませんでした。商売に失敗して多額の負債を抱え、10年間の強制労働の代わりに他の星との交易を命じられたのです。

交易はかなり成功し後は婚約しているイリーヤの元へ帰るだけだったのですが、もう一稼ぎと惑星ポーラマへ寄ったのが運の尽きでした。

14歳ほどの金髪の少女が、太った男から乱暴に扱われていたのを思わず助けてしまった船長は、傷害罪を免除してもらう代わりに、男からその奴隷の少女マリーンを買い取ることになってしまったのです。

健康な奴隷は高値で売買されるはずなのに、かなり安かったのがなんだか府に落ちません。しかも船長は違う星の人間なので関係ありませんが、惑星ポーラマの人々の間では売買が禁じられていたようです。

助けたマリーンは故郷の惑星カレスは、ここから2週間ほどかかる所にあると言って泣き始めました。船長はすっかり困ってしまいます。

「なにを泣いてるんだ?」船長はうんざりして訊いた。
 マリーンはすすりあげ、おおっぴらに泣きだした。
「妹が二人いるの!」
「そうか、そうか」船長は慰めるようにいった。「それはよかった――もうすぐ会えるからね。きみを故郷へ連れて帰ってあげるんだから」
 あーあ、つい言っちまった! まあ、どっちにしろ――
 しかし、この良い知らせも、娘には反対の効果をおよぼした。彼女はもっと激しく泣きじゃくりはじめたのだ。
「ううん、会えないわ。妹たちもこの星にいるんだもの!」
「なに?」船長はぎくりとして立ちどまった。「どこだって?」
「それに、妹たちを使っている人たちも意地悪な連中なのよ!」マリーンはすすり泣いた。
 船長は心臓が足もとまで落っこちたような気分だった。闇の中で立ちつくしながら、彼はなすすべもなく次の言葉を待った。
「妹たちも、とっても安く買えるはずだわ!」とマリーンは言った。(18ページ)


毒を食らわば皿までと妹たち、10歳ほどのゴスと6歳ほどのザ・リーウィットも助けてやりましたが、何故この三姉妹が、この星で恐れられていたかがすぐに分かりました。不思議な能力があるからです。

三姉妹はそれぞれ色々な能力を使えますが、マリーンは特に予知に優れ、ゴスは物をテレポーテーションさせるのが得意。ザ・リーウィットは物を壊す口笛を吹き、様々な言語を話すことが出来るのです。

船長は知らなかったのですが、惑星カレスは魔女が住む禁断の星として、この辺りで知らないものはいない恐ろしい場所だったのでした。

惑星ポーラマを出発する時にトラブルがあって、一行は追われてしまったのですが、突然船はワープします。「シーウォッシュ・ドライブ」というカレスの魔女だけが使える不思議な力を使ったのでした。

三姉妹を無事にカレスまで送り届け、しばらくカレスで過ごした後、故郷のニッケルダペイン共和国に帰った船長を待ち構えていたのは、思いがけない運命でした。入国する前に捕まってしまったのです。

警察官は、惑星カレスと交流を持ったことなど、様々な罪状をあげていきますが、その中に、すぐ持ち帰るべき「新型の宇宙航行装置を開発し、公衆の面前で作動させたこと」(70ページ)がありました。

そう、「シーウォッシュ・ドライブ」を何らかの装置だと思ったんですね。ありもしない装置を奪おうとする警察官と、一触即発というまさにその時、「シーウォッシュ・ドライブ」が起こったのでした。

マリーンの予知で、船長が面倒に巻き込まれると知ったゴスが、勝手に船に乗り込んでいたのです。船長はすぐゴスをカレスに送り返そうとしますが、そのカレスはなんと、惑星ごと移動していたのでした。

婚約者イリーヤが心変わりをして別の男と結婚していたこともあり、あえて故郷へ帰りたいとも思わなくなった船長は、やむをえずゴスを連れて宇宙の旅を続けながら、カレスの力について学んでいきます。

カレスの魔女は「クラサ」という宇宙エネルギーを利用して自分の能力を発揮するのでした。そしてクラサ・エネルギーが実体化した、「ヴァッチ」という厄介な存在が現れることがあることも知ります。

やがて船長は、カレスが移動したのは、銀河中を滅ぼそうとしているマナレットと、戦おうとしているからだということを知りました。

マナレットは別の宇宙からやって来た宇宙船で、元々は、ライード―ハイリーアという種族のものでしたが、巨大ロボット脳モーンダーがクーデターを起こし、ライード―ハイリーア族を閉じ込めたのです。

そして、”千の声で話す”モーンダーは、奴隷種族である、不気味な姿をしたヌームリ虫を操り、銀河中を支配しようとしているのでした。

魔女の能力だとは知らず、惑星ウルデューンなど銀河中の人々が、船長の船に積まれているらしき新型の宇宙航行装置を狙う中、船長はカレスとマナレットの争いに巻き込まれていくこととなって・・・。

はたして、恐るべきマナレットに狙われた宇宙の運命やいかに!?

とまあそんなお話です。カレスの魔女が使う「クラサ」というのは、わりと現実世界の「ツキ」に近い感じです。たとえば、賭け事をしている時にうまく「ツキ」をつかめれば、その賭けは勝てますよね。

賭け事の最中に、流れを読みながら「ツキ」を引き寄せるように、魔女は「クラサ」をつかんで、それを、自分の能力に活かすわけです。

「クラサ」が集まって実体化したのが「ヴァッチ」。いたずらっこみたいな感じのわがままな「ヴァッチ」をちゃんと制御出来ないと、その魔女は「ヴァッチ」に振り回されてとんでもないことになります。

やがて、「ヴァッチ」やヌームリ虫の存在に、なんとなく気が付くようになっていった船長は、ゴスから、実は船長には「クラサ」を使える才能が、生まれつき備わっているのだと、知らされるのでした。

つかみ所のない少女ゴスに振り回されながら、「ヴァッチ」やマナレットに立ち向かうことになってしまった船長の物語。息もつかせぬ展開に手に汗を握るユーモラスな「スペース・オペラ」の名作です。

興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

明日からは、4夜連続でエルモア・レナードの追悼特集をやります。まずは、『プロント』からスタート。