エルモア・レナード『プロント』 | 文学どうでしょう

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エルモア・レナード(高見浩訳)『プロント』(角川文庫)を読みました。残念ながら、現在は絶版のようです。

エルモア・レナード氏が、先月の20日、87歳でお亡くなりになったそうです。突然の訃報に驚きました。作品はいつまでも残りますが、なんだか無性にさみしい思いがします。ご冥福をお祈りします。

小説家にとって、作品を読むのが一番いい追悼になると思うので、4夜連続で、エルモア・レナード追悼特集をやりたいと思います。角川文庫から出ているものを4冊。カバーデザインが好きなんですよ。

今回の追悼特集の4冊がほとんど絶版になっていることからも分かる通り、エルモア・レナードは残念ながら、日本ではあまり読まれていないだろうと思います。ただ、読んだら好きになる人は、多いはず。

また、今回取り上げる予定ですが、『ゲット・ショーティ』や『ジャッキー・ブラウン』など映画化された作品も多く、エルモア・レナードを知らなくても、作品は知っているという方も多いことでしょう。

アメリカの裏社会を舞台に、ギャングたちの物語を多く残したエルモア・レナードの十八番は、ちょっとずれた悪党が登場し、それぞれがばらばらに行動して、思いがけない結末を迎えるというパターン。

ラム・パンチ』を原作に『ジャッキー・ブラウン』を撮ったクエンティン・タランティーノや『ロック、ストック&トゥースモーキング・バレルズ』で有名なガイ・リッチーのクライムものに近い感じ。

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日本の小説家で言うなら伊坂幸太郎の作風に一番近く、クエンティン・タランティーノ、ガイ・リッチー、伊坂幸太郎と聞いてなんだかピンと来る方にはエルモア・レナードは間違いなくハマるでしょう。

ギャングものとは言え重すぎず、どこかずれたマヌケなキャラクターが出てくるとは言え軽すぎず、意外な所で意外なことが繋がって面白い展開になるエルモア・レナードの作品をぜひ読んでみてください。

さて、追悼特集第1夜の『プロント』は、タイトルの"Pronto"がイタリア語で「もしもし」を意味する通り、イタリアを舞台した物語。

中心人物は、賭博の胴元をしているハリーという66歳の老人です。引退しよう引退しようと思う内にずるずると日が過ぎてしまったのですが、引退してからイタリアで暮らすプランはもう立てています。

ところが、ハリーのボスであるジミーを捕まえるために、ハリーの証言が欲しいFBIの罠にかかり、ジミーの目を誤魔化してお金を貯め込んでいるように仕込まれ、ジミーから疑われてしまったのでした。

本当にジミーの目を誤魔化してお金を貯めていたからさあ大変。ジミーが送り込んだ殺し屋を返り討ちにしたハリーはイタリアへ逃亡しますが、その後を、ジミーの部下と連邦保安官が追っていって・・・。

ハリーが主人公ではなく、その恋人のジョイス、ジミーの部下の”ジップ”とニッキー、連邦保安官のレイランなど、様々な登場人物の目線で進む物語で、予想もつかない展開に、はらはらさせられます。

ひたすらにハリーの後を追う”ジップ”とニッキーは、怖ろしい存在ですが、筋肉ムキムキのニッキーはその分頭が空っぽだったりと、プロの殺し屋”ジップ”とのやり取りは、なんだかとてもユーモラスです。

ギャングものとは言え、気楽に読める愉快な作品ですし、「おおっ」と思わず言ってしまうようなシビレる場面も多い、おすすめの一冊。

作品のあらすじ


こんな書き出しで始まります。

 十月の末も間近いある晩、ハリー・アーノウは、この数年断続的に付き合ってきた女性に向かって言った。「おれは肚を固めたよ。一つ、話したいことがあるんだ。実はこれ、まだだれにも話しちゃいないんだが」
 ジョイスは言った。「それ、あなたの第二次大戦中の体験のこと?」
 ハリーは気勢をそがれた。「どうして知ってるんだ?」
「イタリアを転戦中に脱走兵を射殺した話じゃない?」
 ハリーは無言で彼女の顔を見つめた。
「それならもう聞いたわよ」
「まさか。いつ?」(5ページ)


2週間前66歳になったハリーは、引退を考え始めていました。正確に言えば、もうずっと前から引退を考えていて、老後を過ごす場所として、自分にとって大事な場所であるイタリアを選んでいたのです。

いよいよ腹を決めて、ジョイスに一緒にイタリアへ来てくれないかと誘おうと思ったのですが、気勢をそがれて、本当にジョイスに来てほしいと思っているのかどうか、よく分からなくなってしまいました。

かつてトップレス・ダンサーをしていた40歳前後のジョイスとは、もう10年ほどの付き合い。ハリーは自分にはもっとふさわしい女がいるのではと思いながら、ジョイスと付き合い続けて来たのでした。

65歳になったら引退するつもりで、準備を進めていたのですが、ずるずるとスポーツ賭博の胴元の仕事を続けてしまい、66歳になった今も、そろそろ引退したいと思いつつ、忙しい日々が続いています。

ところが、知り合いのトーレスという刑事が、ハリーのボスのジミーを挙げるために、FBIが捜査を始めていると教えてくれました。そのために、何としてでもハリーから証言を取ろうとしているのだと。

FBIは、ハリーがジミーの目を盗んで金を貯め込んでいることを証言する証人をでっちあげ、ジミーに疑われ、命を狙われたハリーが、ジミーを裏切るしかない状況に持っていこうとしているのでした。

一体どうしたらいいか分からず、とりあえずいつでも逃げ出せるようにハリーが準備を始めた所に、その偽証人の黒人とジミーの手下の殺し屋”ジップ”ことトミー・バックスが、やって来てしまったのです。

「それがどうしたい、まったく」あまり声を張りあげないように注意しつつ、ハリーはつとめて冷静に”ジップ”に言った。「こいつがFBIと取り交わした裏取引について訊いてみるんだね。そう言えばわかるだろう、こいつの本当の狙いが?」
「一つ、教えてもらおうか」”ジップ”は言った。「あそこに、服のぎっしり詰まったスーツケースが置いてあるのは、どういうわけだ? これからどっか、遠いところに出かけようってのか?」(32ページ)


その後、ジミーから送り込まれた男を返り討ちにしたハリーは、警察に捕まりますが、保釈で出て来ます。ハリーを護送する役目を命じられたのが、アメリカ保安官総局のレイラン・ギヴンズ連邦保安官。

レイランはハリーに対して複雑な思いを抱いていました。6年前、レイランは裁判で証言するというハリーを、飛行機で護送したことがあったのですが、トイレに行くと言って、逃げられてしまったのです。

その失態が元で、ATFを目指していたレイランの出世の道は閉ざされてしまったのでした。同じ失敗を繰りかえすわけにはいきません。

護送中にハリーが立ち上がり、トイレに行くと言ってにやりと笑ったので6年前を思い出していると知ったレイランも笑い返します。「なんだか、前にも聞いたことがあるセリフだな」(67ページ)と。

別れた妻や子供たちのこと、保安官の訓練学校の教官をしていた時の出来事など、ハリーに色々と話してやろうと考えながらレイランはハリーを待っていたのですが、いつまで待っても帰って来ないのです。

レイランがトイレを見に行くと、トイレは空っぽだったのでした。

ハリーの恋人のジョイスが、どうやらハリーに呼ばれてイタリアへ渡ったらしいと知った殺し屋”ジップ”と、普段はボスであるジミーのボディガードをしているニッキーの2人もまたイタリアへと渡ります。

イタリア出身を誇りに思う”ジップ”と、イタリアにルーツを持ちながらイタリア語をほとんどまったく話せないニッキー。”ジップ”から事あるごとに怒られ馬鹿にされているニッキーは腹立たしく思います。

そんな”ジップ”とニッキーは、イタリアの”ファミリー”たちの助けを借りながら、ハリーの行方を探し始めました。一方、レイランもまた休暇を取って、ハリーを捕まえるために、イタリアへ来ていました。

6年前に、ハリーが”誰にも言ったことのないイタリアでの経験談”をしてくれたことがあり、居場所になんとなく見当がついたからです。

レイランはハリーより先に、ジミーの手下と遭遇してしまいました。自分は連邦保安官だと名乗ったレイランは、ニッキーを手玉に取り、ハリーを追うのはやめて、アメリカに帰った方がいいと忠告します。

車に戻った後、ニッキーが「あのふざけた保安官を絶対に殺ってやる」(168ページ)と息巻いたので”ジップ”は激怒したのでした。

「やつを始末してえとほざいたな」”ジップ”は言った。「いいか、よく聞けよ、ジョー・マッチョ。もしあの野郎がハジキを突きつけたのがおれなりベノなりファブリツィオだったら、おれたちはいまごろ車の中で、やつを始末してやる、などとオダをあげたりはしていねえよ。わかるか、なぜだか? そのときはもう、あの野郎はくたばってるからさ。わかるか? おれたち三人のだれだろうと、あの野郎の息の根を止めずにあのカフェから出てきたりはしねえ、ってことよ。その場でやつを撃ってから、倒れ込んだやつの頭のこのあたりに」自分のこめかみのあたりを指さしながら、「止めの一発を撃ち込んでいら。そうやってケリをつけたら、もう、うだうだとオダをあげたりはしねえのさ」(168ページ)


ハリーはあらかじめ自分で用意しておいたヴィラ(別荘)に住んでいるので、誰にも自分の住んでいる所を言わなければ、いくら追っ手が来ようと見つかるはずはありません。黙ってさえいたなら・・・。

アメリカからイタリアへ逃げたハリー、ハリーに会いに来たジョイス、逃げるハリーを追うジミーの手下”ジップ”とニッキー、そして連邦保安官のレイラン。はたして、それぞれの運命やいかに!?

とまあそんなお話です。レイランは仕事では失敗し、妻には浮気されるというマヌケなキャラクターのように登場しますが、”ジップ”やニッキーに対抗することで、どんどんかっこよくなっていくんですよ。

複数の目線から描かれる一種の群像劇のようになっているので、誰が主人公とかはないのですが、しいて言うなら前半はハリー、後半はレイランが主人公という感じです。レイランの恋の相手にも注目を。

全体的にオフ・ビートなゆるい雰囲気漂う作品ですが、西部劇を思わせる緊迫した場面やガンアクションもある、重すぎず軽すぎないギャングものです。興味を持った方は、ぜひ読んでみてください。

4夜連続エルモア・レナード特集、明日は映画化され、「おれの目を見ろ」の名台詞でお馴染みの『ゲット・ショーティ』を紹介します。