エリス・パーカー・バトラー『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』 | 文学どうでしょう

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エリス・パーカー・バトラー(平山雄一訳)『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』(国書刊行会)を読みました。

まずみなさんもタイトルに食いつくのではないかと思います。「通信教育探偵」って一体なんなんだよと。通信教育で探偵になれるものなのかと。

ぼくも同じです。というわけで物の見事にタイトルに釣られて読んでみたのが、今回紹介する『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』です。

タイトルの通り、壁紙張り職人のファイロ・ガッブ君は、名探偵に憧れて〈日の出探偵事務所〉の探偵養成通信教育講座を受講します。

そして、通信教育講座で学んだ探偵としての知識を活かし、壁紙張り職人兼探偵として数々の事件の捜査に乗り出すのですが・・・。

推理もので「探偵役」というのがありますよね。職業的探偵ではなくても、推理力を活かして事件を解決する役割を果たす人はいます。

ところが、ガッブ君は自称探偵ですが、「探偵役」ではないんです。何しろ、ガッブ君が最も苦手とするのは、「帰納法の推理」ですから。

「帰納法の推理」というのは、様々な出来事から事件の真相を見出すという、まあシャーロック・ホームズを代表とする、名探偵の推理のスタイルと思って下さい。

ガッブ君が考えた推理はことごとく外れ、変装や尾行など、探偵としての行動はすべて失敗に終わります。探偵としては、もうすさまじいまでのポンコツ具合なんです。

ところが、これがこの小説の面白い所なんですが、それでも何故かガッブ君は事件を解決しちゃうんですね。

事件を追っている内に、たまたま別の事件を解決しちゃったりするんです。不思議な運を持っているガッブ君のどたばた捜査を描く、ユーモア連作小説です。

さて、アイディアや設定は抜群に面白いんですが、ではこれがおすすめの小説かというと結構微妙なラインで、日本とアメリカで求められる笑いの質には、ややずれがあると思うんですね。

漫才とスタンダップコメディアンの対比と重なる部分がありますが、ギャグ漫画でも、ユーモア小説でも、日本において大事なのはボケとツッコミという関係性なんです。

おかしい人がおかしなことをしているだけでは、笑いとしては成立していなくて、そこにツッコミが入ることによって笑いが生まれます。

たとえば、「探偵役」の人が迷推理をくり広げるシリーズと言えば、ぼくが好きなのは赤川次郎の「四字熟語シリーズ」です。

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大貫警部がもうものすごい迷推理をするんですが、部下からツッコミが入ることによる、掛け合いの面白さがあります。おすすめですよ。

一方、アメリカのスタンダップコメディアンは、掛け合いではなく、一人で笑いを完結させるわけですから、基本的にはジョークのようなスタイルになります。

政治家や身近な人々のことを辛辣に皮肉ったりするんですが、「思いも寄らない切り口」を見せることが、アメリカの笑いにおける重要な要素だと言えるでしょう。

『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』は、探偵もののパロディであり、予想外の展開が続く、まさに「思いも寄らない切り口」を見せている小説です。

ですが、見方によってはガッブ君がただ1人でどたばたしているだけであって、推理がないだけに推理ものとしての面白さはないですし、ではガッブ君のどたばたが笑えるかというと、日本ではお馴染みの掛け合いがないだけに、正直微妙なラインです。

収録されている短編は、意外性のある話ばかりではあるので、むしろコメディとしてあまり期待せずに読むと、楽しめるのではないかと思います。

作品のあらすじ


全部で17編と番外編1編が収録されていますが、ここでは全体のゆるやかな流れを紹介しますね。

名探偵に憧れている壁紙張り職人のファイロ・ガッブ君は、探偵の通信教育講座を受けていて、もう少しで資格が取れそうな段階まで来ています。

ある時、ガッブ君は同居人のクリッツ氏が詐欺師だと気が付きますが、クリッツ氏はガッブ君にサクラになってくれないかと頼むんですね。

「あんたか友達はサクラになって、この金の延べ棒を買うふりをするんだ。そうやって俺がこれを売る手伝いをするんだよ。いや、あんたが延べ棒の所有者の役をやったほうがいい。なにしろあんたはちょっと足りないように見えるからな。金の延べ棒を買うカモもあんたを見て安心するだろう」(17ページ)


クリッツ氏の言うままに、金の延べ棒を預かる保証金の百ドルを用意することにしたガッブ君は、ひょんなことからある事件を解決して、一躍有名になります。

ガップ君はサーカスにまつわる事件を偶然に偶然が重なる形でいくつか解決するんですが、「五百キロの美女」(25ページ)という巨大な〈でぶ女〉シリアに恋をしてしまいます。

ガッブ君はこんなに白い腕と肩、そしてこんなに豊満な腕と肩も見たことがなかった。そしてその瞬間、彼は一目惚れをしてしまったのだ。まるで催眠術にかかったみたいに、彼女の後をくっついて見せ物小屋のテントまで行き、入場料を支払うと、一日中彼女の舞台の前につっ立っていた。その晩テントを閉めるときもまだそこにいた。(25ページ)


思いがけず、ずっと分からなかったシリアの父親を探し当てたガッブ君は、シリアの父親に2人の前途について祝福されます。「わしは一万ドルを君に進呈するつもりだ、ガッブ君」(66ページ)と。

ですが、その一万ドルを現金ではなくて、金鉱の株であげたいと言うんですね。金鉱の株は一口二万五千ドルなので、ガッブ君は、足りない一万五千ドルをシリアの父親に払わなければなりません。

一方、シリアはシリアでサーカスの契約を解除するために、〈でぶ女〉ではなくなる必要があり、ひたすらダイエットに励みます。

ガッブ君は、愛するシリアとの明るい未来を夢見ながら、探偵としてこつこつ稼いだお金をシリアの父親に渡し、シリアからのダイエットの経過報告の電報をとても楽しみにしています。

ではここで、ガッブ君の探偵としての活躍を少し紹介しましょう。ある失踪者の捜査をしている場面です。

顕微鏡を覗いていたガッブ君は、突然やって来た無礼な依頼人に腹を立てて、皮肉を言います。やや長いですが、ノーカットでお届けします。

「ええ、たぶん。実験室に無断侵入されても、僕の探偵能力は影響されませんからね」
「まあ、そう怒るなよ。ちょっと気になっただけだ。犬の毛のなかでノミを探しているみたいに見えたものだから」
 ファイロ・ガッブ君は顔をあげた。実はついさっきこのウールのなかにノミを見つけたばかりだったのだ。そしてこのウールは本当に犬の毛だったのだ。つまりガッブ君が探しているのは一匹の犬だった。そしてガッブ君は・・・・・・帰納的推理法を用いて・・・・・・その犬の場所を突き止めようとしていた。顕微鏡の助けを借りて、ガッブ君は探偵にとっては重要な、わずかな手がかりを探していた。しかし残念ながらガッブ君は何も手がかりらしい手がかりを見つけていない。唯一見つけたノミの存在は、この犬は過去もしくは現在ノミにたかられたことがあるという結論を導き出しただけだった。(199ページ)


『通信教育探偵ファイロ・ガッブ』の面白さは、この場面によく出ています。こういう感じが面白いと思った方は、ぜひ読んでみてください。

日本の掛け合いによる笑いとは違って、シュールというか、ジョークっぽい笑いですよね。

持ち込まれる様々な依頼を、壁紙張り職人の傍ら、推理ではなく偶然によって解決していくガッブ君。無事に金鉱の株券を手にし、愛するシリアと結婚することができるのか!?

とまあそんなお話です。あらすじを読んだだけで、みなさんにはこんな疑問が浮かんで来たはずです。「ガッブ君、もしかして君は騙されているのでは?」と。

そもそもガッブ君が頼りにしている、探偵の通信教育講座もやや怪しいですよね。詐欺とまでは言いませんけれど、適当な講座を適当な人に売りつけている感がものすごくあります。

ガッブ君は、非常に騙されやすい人というか、とても純粋で、まああれですよ、愛すべき迷探偵なんですよ。本当に事件を解決しそうな時に限って、真相に全然気が付かなかったりするおかしさがあります。

ちなみに、番外編の「針をくれ、ワトソン君!」は、シャーロック・ホームズのパロディで、突然やって来た甥で、太っちょな少年エパミノンダスを、ワトソンとして教育する話です。

とにかく自分が何を言っても、エパミノンダスに「すばらしい!」(343ページ)と言わせるんです。事件の捜査に取り掛かったガッブ君は、証拠を調べ、1人の犯人を突き止めますが・・・。

というお話。ユーモラスさがあって結構面白いです。「針をくれ、ワトソン君!」がガッブ君によって発せられる状況もいいですね。

このセリフは、シャーロック・ホームズのセリフが元になっているんですが、ホームズとガッブ君の差が浮き彫りになるおかしさがあります。

さてさて、この本自体は今年に出たばかりのわりと新しいものなんですが、元々の短編が雑誌に発表されたのは、1913年~1916年の間なので、結構前の小説なんですね。ちょっと意外でした。

ブラックジョーク的なオチの話があったり、ガッブ君が素晴らしい手柄を立てたり、失敗したり、騙されたり、事件を解決したり、しなかったりします。

もはや推理ものでも何でもないどたばたものですが、愛すべき迷探偵ガッブ君が気になってしまった方は、ぜひガッブ君に会いに行ってやってください。

明日は、梨木香歩『西の魔女が死んだ』を紹介する予定です。