乙一『ZOO』 | 文学どうでしょう

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立宮翔太の読書ブログです。
日々読んだ本を紹介しています。

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乙一『ZOO』(全2巻、集英社文庫)を読みました。

乙一の持つ「才能」については、『GOTH』のところでも触れていますが、普通の人の感覚ではうまく捉えられないようなものを描ける、そういう稀有な「才能」を持った作家だと思います。

それは簡単に言えば、コンプレックスとかそういう感覚なんですが、その感覚がホラーなりミステリなりにいかされていて、それがとても面白いんです。

下手するとどろどろしてしまいそうな感情を、わりとクールに描いていて、しかもそれが冷たすぎないという、絶妙なバランスに設定されているんですね。

乙一の小説はどれも一風変わっていて面白いですし、『GOTH』や『死にぞこないの青』もいいですが、ぼくが一番好きな作品が、この『ZOO』です。

乙一が好きな方も、また初めて読む方も、この『ZOO』は最適なのではないかと思います。おすすめです。

『ZOO』というのは、簡単に言えば短編集です。文庫版は全部で11編で、1と2の2冊に分かれて収録されています。

テーマとしての共通点はあまりなく、不思議な話もあれば、笑える話もあり、ホラーのような話もあれば、ミステリやSFのような話もあるという、ジャンルがある程度ごちゃまぜになった感じです。

その統一性のない感じが、かえってこの短編集の魅力になっているような気がします。

ぼくは『ZOO』が好きだと書きましたけれど、正確にいうとある1つの短編がずば抜けて好きなんです。これからあらすじの紹介をしますので、立宮翔太がどの作品が好きなのかなあと予想してみてください。答えは最後に発表します。

作品のあらすじ


『ZOO 1』


『ZOO 1』には、5つの短編が収録されています。「カザリとヨーコ」「SEVEN ROOMS」「SO-far そ・ふぁー」「陽だまりの詩」「ZOO」の5編。

「カザリとヨーコ」

〈わたし〉とカザリは一卵性の双子。ところがママは、カザリばかり可愛がり、〈わたし〉のことは激しく嫌います。〈わたし〉の分のご飯は用意せず、時おり暴力を振るいます。汚い格好をしている〈わたし〉は、カザリが残したご飯を食べて、なんとか生きています。

ある時迷子の犬を見つけたことがきっかけで、スズキというおばあさんと心を通わせるようになる〈わたし〉。ところが、スズキさんから借りた本がママに見つかってしまい・・・。

「SEVEN ROOMS」

気がつくと、姉と〈ぼく〉は、「縦横高さメートル程度あり、ちょうど立方体の形」(1巻、61ページ)をしている部屋にいます。何者かに頭を殴られて、運び込まれたようなのです。

〈ぼく〉は体が小さいので、濁った水の流れている溝に入ることができます。そうして〈ぼく〉は部屋と部屋を行き来して、7つの部屋があることに気がつきます。やがて7番目にいた女性の姿が消えて、新しい人が入ります。順番に消えていく人々。はたして姉弟の運命は?

「SO-far そ・ふぁー」

「それがいつのまに起こってしまったことなのか最初はわからなかった」(1巻、134ページ)のですが、ある時〈ぼく〉は父には母の姿が見えず、母には父の姿が見えていないことに気がつきます。

どうやら列車事故で、どちらかが死んでしまったようなんですね。どちらが列車に乗ったのかが、父と母の世界で違います。「生き残った父母のそれぞれの世界はまるで半透明の写真が重なったようにぼくを接点としてつながっていた」(1巻、144ページ)わけです。

家族が1つだった時のように、〈ぼく〉を真ん中にはさんでソファーでテレビを見る父と母。しかし、ある時どちらか片方ずつしか見えなくなり、〈ぼく〉はどちらかの世界を選択しなければならないと気づき・・・。

「陽だまりの詩」

〈私〉が目を覚ますところから始まります。工具や材料が部屋の中に散らばっていて、目の前には〈私〉を作った人間がいます。病原菌が流行し、ほとんどの人間が死に絶えてしまった世界。

自分も病原菌にかかってしまったことを知った〈私〉の作り手は、埋葬してもらうために〈私〉を作ったのです。やがて人間と同じように感情が芽生え、様々なことを学んでいく〈私〉ですが・・・。

「ZOO」

〈俺〉の恋人だった女の死体の写真が今日もまた郵便受けに入っています。一体犯人は誰なのか? 〈俺〉は犯人を追跡します。彼女が消えた日の日付が入った、ガソリンスタンドの領収書を〈俺〉の車の中で見つけます。

あの日はずっと家にいたはずなのに。一体誰が〈俺〉の車を使ったのか? 〈俺〉はガソリンスタンドに向かいます。実は〈俺〉は犯人が誰だか分かっているんです。くり返される嘘の先には・・・?

『ZOO 2』


『ZOO 2』には、6つの短編が収録されています。「血液を探せ!」「冷たい森の白い家」「CLoset」「神の言葉」「落ちる飛行機の中で」「むかし夕日の公園で」の6編。

「血液を探せ!」

64歳の〈ワシ〉が目覚めると、〈ワシ〉は血だらけになっていました。どこをケガしているのかは分かりません。10年前の交通事故の後遺症で、痛みを感じない体になってしまっていたからです。

よくよく調べると、包丁が刺さっていることが分かります。死にゆく〈ワシ〉の前で遺産の話をし始める家族。医者はこんなこともあろうかと用意していた〈ワシ〉の血液を輸血すれば助かると言いますが、持ってきたはずの血液の入ったカバンが見当たりません。血液は一体どこに・・・。

「冷たい森の白い家」

馬小屋で暮らしている主人公。そこは伯母の家で、馬糞の処理をしたりしています。兄弟にいじめられて、ある時馬に顔を踏みつけられ、顔が少しとれてしまいます。やがて伯母の家を追い出された主人公は、人間の死体で家を作ることを決意します。

人間を殺し、家を作る主人公。そこへある少女が訪ねてきて・・・。

「CLoset」

リュウジは兄嫁のミキにある話をします。ミキの秘密を知っているんです。ミキが車でひき逃げしたことがあるのを。

リュウジは作家なので、「ねえさんの抱えていた秘密と苦悩を、芸術に仕立て上げるのさ!」(2巻、77ページ)と言います。

リュウジは姿を消し、郵便受けにおかしな手紙が届きます。「オギシマリュウジ ハ コロサレタ ジブン ノ ヘヤ デ ナグラレタ」(2巻、91ページ)という手紙。はたして誰がリュウジを殺したのか。そして、手紙の送り主は一体誰なのか?

「神の言葉」

〈僕〉の母はペットの猫とサボテンの区別がつかないんです。なぜなら、〈僕〉がそうなるよう、『言葉』を使ったから。〈僕〉の声には特殊な力があって、意識して使うと言った通りになるんです。

枯れろと言えば花は枯れ、犬に服従しろと言えば、犬は服従します。ある時、気がつくと机の上に自分の知らない彫刻刀の傷跡があることに気がつきます。そして・・・。

「落ちる飛行機の中で」

飛行機が1人の少年にハイジャックされてしまいます。すると、〈私〉の隣に座っていたセールスマンが、安楽死の薬を買いませんかと言ってきます。痛い死に方をするよりは、よっぽどいいだろうと。

〈私〉とセールスマンは値切ったり、相手の腹を読みあったりします。するとハイジャックした少年がそれに気がつき、2人の元へやって来て・・・。

「むかし夕日の公園で」

公園にある砂場。そのどこまでが砂だろうと腕を入れると、どこまでも入っていき、肩まで入ってしまった。父はそんなことはあるはずないと言います。ある時、指先に何かの当たる感触がして・・・。

とまあそんな11編です。「SEVEN ROOMS」と「冷たい森の白い家」がホラーのテイストで、「血液を探せ!」と「落ちる飛行機の中で」はコメディタッチの作品です。

ぼくが一番好きな短編の発表です。

正解は、「SO-far そ・ふぁー」です。2つに分かれた世界という発想が素晴らしいですし、ラストもかなりいいですよね。

この短編の何が面白いかって、単に不思議な世界が描かれているということではなくて、両親の間に板挟みになる子供の心理を巧みに物語化しているんです。普通は思いつきませんよ、こんな話。

かなりバラエティに富んだラインナップですので、みなさんも自分の好きな作品を見つけられるだろうと思います。おすすめの本なので、機会があればぜひ読んでみてください。

乙一は次、『The BOOK』を扱う予定です。

明日は、田中慎弥の『共喰い』を紹介します。