今日は小澤征爾音楽塾オペラの「椿姫」を鑑賞しました。2000年の「フィガロの結婚」でスタートしたこの音楽塾プロジェクトは、ロームのスポンサー撤退で、今年で一旦休止となり、文化会館でのフルステージの公演は最後になるかもしれません。学生向けのプロジェクトでオーケストラやオペラの演奏会形式のものはありますが、フルステージのオペラのアカデミーは珍しく、歌手のレベルも新国立劇場以上のクオリティで、師匠のカラヤン先生から「交響曲とオペラは車の両軸のようなもの」と小澤征爾さんが言われた言葉が引き継がれている随一のプロジェクトでしたが、これが無くなってしまうのはとても残念であります↓。
今日のプログラムの小澤征良さんのメッセージには「間違いなく父は、世界一のGIVERです。自分のエネルギー、時間、気持ちを惜しみなく、いつも誰かのためにあげる人です」と書いてありました。小澤征爾さんは余人を持って代えがたい方であることを実感します。最後の小澤征爾音楽塾のオペラは「椿姫」で25年の歴史でヴェルディを上演するのは今回が初になります↓。
演出のデヴィッド・ニースはフランコ・ゼッフィレッリの助手をしたことがあり、ゼッフィレッリのイタリアのポジターノにある別荘にも行ったことがあるらしいです。ニースの演出は師の教えを受け継ぐようなオペラの物語の背景に忠実すぎるほどの分かりやすい舞台で、舞台機構や美術の配置がシンメトリー構造になっているのは好感が持てます(第2幕・第2場)↓。
《第1幕》
第1幕の前奏曲はマテウスの卓越したタクトによって見通しの良い演奏で、新国立劇場のピットよりも巧いと思いました(少なくともムーティ指揮の春祭アカデミーより、こちらの方が好みです)。学生たちへの徹底的な長期間の指導が反映されているものと思います。オケの先生の豊嶋さんらは1階19列目に座って鑑賞されており、カーテンコールでスポットライトが当たりました。今日のマテウスのタクトは昨年よりもグリップが強く、緩急・強弱の効いた演奏になっていました。今日の歌手で聴いたことのは、ヴィオレッタ役のミンシアンとジョルジョ役のケルシーですが、アルフレード役のワンは通りの良いクリアな声で「乾杯の歌」を歌いあげてました。
ヴィオレッタとアルフレードの二重唱ではミンシアンの高音域がきちんと出ていて、ワンよりはミンシアンに軍配が上がりました。「花から花へ」のアリアはミンシアンのコロラトゥーラのテクニックが発揮されて、このアリアは今日の白眉と言えるほど強烈な歌唱でした。
《第2幕》
第1場の別荘のシーンは第1幕の壁面の舞台機構を活用しながら、美しい庭園が広がっています。アルフレードの「燃える愛を」でのワンは力強く綺麗な歌唱ではあるものの、特徴的な声質を感じられず、特段に突き抜けたものではありませんでした。ジョルジョ役のケルシーが登場すると舞台の雰囲気が変わります。ケルシーはMETでは「ヴェルディのバリトン」と言われており、ヴェルディを得意とする歌手ですが、ドスの効いた迫力満点の声量で、キャラクターに最もハマっている役でした。ヴィオレッタとアルフレードのシーンではミンシアンが第1幕から声量を落として、病弱になりつつあるヴィオレッタを表現しているように思えました。第2場のサロンのシーンはゴージャスで、総合芸術のオペラらしい見応えのあるステージでした。
アルフレードが気が狂ったシーンではワンによる必死さが伝わる強靭な歌唱でしたが、その後、ジョルジョ役のケルシーが登場すると存在感が抜群の歌唱で、オケも劇的な音楽で幕が閉じました。
《第3幕》
ヴィオレッタの家の家具には白いシーツが被さっていて、病に倒れた姿でベットに寝ながら、弱々しく悲痛な感じで「さようなら、過ぎ去った日々よ」の美しいアリアを歌っていました。この幕のラストシーンで存在感抜群のジョルジョが登場すると、場に緊張感が走り、ヴィオレッタが全身全霊の歌唱で幕が閉じました。
国内オケや東京春祭ではオペラの演奏会形式が多く、日本では演奏会形式肯定派が多いですが、やはりオペラは今日のようなフルステージであるべきことを再確認させられます。この小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトは一旦休止となりますが、日本のオペラ界の未来のためには、このようなプロジェクトの継続を切に願います。新国立劇場オペラが弱っていて、かつてほどチケットが売れずに、税金の無駄遣いのような状況になっていますが、国の予算をこのような若者のオペラ・プロジェクトに投じるべきだと思います。このオペラ・プロジェクトは新国立劇場よりもキャスティング力があるので、名残惜しいです。
今年の日本のプロダクションのオペラを鑑賞するのはこれが最後の予定で、あとはヨーロッパで10公演以上のオペラを鑑賞します。
(評価)★★★★ 久しぶりの優れた日本のプロダクションのオペラでした
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*勝手ながら5段階評価でレビューしております
★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演
★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象
★★★: 満足、行って良かった公演
★★: 不満足、行かなければ良かった公演
★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演
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(★五つ星は年間10回以内に制限しております)
出演
ヴィオレッタ・ヴァレリー:ニーナ・ミナシアン
アルフレード・ジェルモン:カン・ワン
ジョルジョ・ジェルモン:クイン・ケルシー
フローラ:メーガン・マリノ
アンニーナ:牧野 真由美
ガストン:マーティン・バカリ
ドゥフォール男爵:井出 壮志朗
ドビニー侯爵:町 英和
医師グランヴィル:河野 鉄平
小澤征爾音楽塾創設者/永久音楽監督:小澤 征爾
小澤征爾音楽塾副塾長:原田 禎夫
アシスティング・ディレクター 小澤 征良
指揮:ディエゴ・マテウス(小澤征爾音楽塾首席指揮者)
演出:デイヴィッド・ニース
装置・衣裳:ロバート・パージオーラ
照明:イー・ツァオ
合唱指揮 ドナルド・パルンボ
管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
合唱:小澤征爾音楽塾合唱団