残暑が残る中、N響のシーズン開幕コンサートに行きました。今年はブルックナー・イヤーと言うことで、今日の曲目はブルックナー最大の交響曲の8番ですが、通常演奏される第2稿ではなく、ルイージが気に入っている初稿による演奏です。N響としては初めてこの初稿を取り上げたようで、今週水曜日からリハをやっているくらい気合いが入ってます。小さい文字で書いてあるので「初稿」の部分を最近気づいたのですが、ルイージはこの初稿を高く評価しているようで、チューリッヒとの録音があります↓

ルイージは特に第3楽章の初稿は「完璧に書かれた、音楽史上もっとも偉大な作品の一つ」と称賛していますが、これは好みが分かれます。第2稿派の筆者からすると、初稿は取ったばかりの粗い水晶、第2稿は磨かれたクリスタルくらいの違いがあります(炒飯に例えると、前者がチャーシューゴロゴロの街中華の炒飯、後者はホテル中華の洗練された炒飯のイメージです)。ブルックナーが交響曲7番の初演を成功させた指揮者のヘルマン・レーヴィに初稿を送り、レーヴィから「演奏不可能」とされたのに、この版が残っているのが不思議です。ブルックナーの場合は本人よる改訂、弟子や音楽学者らによる様々な版があり、複雑な問題が孕んでいます。ほとんどの作曲家は修正に修正を加えますが、なるべく、決定稿を世に出してもらいたいです。例えば、アカデミアの学会に提出する論文は何度も修正・推敲しますが、決定稿を出します。あらゆる作品は熟考・推敲すれば良くなりますし、映画やドラマの脚本は1人よりは、複数人によるものが名作になる傾向があります。このような理由で筆者は、他のアドバイスに基づいて、ブルックナーが改訂した第2稿が圧倒的に良いと思います。ルイージがブルックナー・イヤーの開幕公演で初稿を取り上げたのは、本人の好みと他のオケとの差別化もあるかと思いますが、NHKの放送で本人の意図を聞いてみたいです。今日は多くの収録マイクも入っていて、CD化される可能性もあります。


第1楽章の第1主題でこの曲の肝となる金管のコラールは良いスタートで、Tuttiによる主題も迫力のある音でしたが、ホールのせいか、座席のせいか、開放感の薄い音で、オケの音が少しこもって聴こえました。第2稿に比べると、様々な変化球が出てくるので、スコアに忠実なルイージは丁寧に指示を出していました。しかし、この楽章から作品の粗さは目立ち、特に調の転換がトリッキーで違和感があります。第2楽章は最も快適に聴ける楽章で、スケルツォは軽快で、第2稿と異なる曲想のトリオでのVnの歌わせ方はとても美しく、歌心あるルイージらしい指揮で、小川や鳥の自然の情景が浮かび上がってきます。ルイージが最も気に入っている第3楽章は30分間近い長大な楽章で、これは賛否が分かれると思います。ゆったりとしたテンポで、凡兆な演奏に聴こえて、寝落ちされる観客が増えてきます。第2楽章に続き、Vnによる主要旋律の演奏が美しく、ここにルイージのこだわりを感じられました。頂点部分では盛大なシンバル3連打の音が2回も出てきて、今日のオケの最大音量を感じました。第4楽章は一転して、早いテンポの快速演奏で、筋肉質な第1主題が展開されます。弦楽中心の第2主題はゆったりとして、ここでの歌わせ方も秀逸でしたが、後半にかけて金管のキズが目立ち始めたのは残念でした。第3主題に入ると緊迫感が増して、コーダに向かってオケ全体が力を振り絞るように全力で突き進んで行きます。コーダでは荘厳さが出てきて、壮大な演奏で締めくくられました。


フライングの拍手がありましたし、ブラボーも出ていましたが、好み問題か慣れの問題か、やはり、この初稿は好きになれません。評価が厳しいのは、つまるところ、あまり感動しなかったので、一個人の感性主義だと思ってください。


今日はこのあと、ベルリン・フィルのデジタルコンサートホールで、ブル5を楽しみたいと思います。先月、ザルツブルクで聴いた圧倒的な名演との比較になります↓。


(評価)★★ N響の演奏能力は高いですが、ブルックナーの初稿版は感動をそそるものではないです

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 

(★五つ星は年間10回以内に制限しております)



指揮:ファビオ・ルイージ

ブルックナー/交響曲 第8番 ハ短調(初稿/1887年)