昨日のトゥーランドットは40年前の演出で、1986年に来日公演で披露されたもので、歌唱含めて、やや物足りないプロダクションでした。一方で、21年に新制作された「リゴレット」の演出は深い洞察による様々な仕掛けによって、没入感のある不思議な魅力があります。もう一度観たいと思い、たまたま良い席があったので、急遽、行くことになりました。この演出はエロスと暴力が強調されていますが、霊長類学者によると「人間は元来、エロスと暴力の動物である」と言われており、人間の本質を突いた演出と言えるでしょう。つまり、このプロダクションが名残惜しくなったのですが、ロンドンにはもう行く予定が無いですし、ロイヤルオペラを観るのが最後の機会だと思ったからです。仕事で何度もロンドンに行きましたが、今はあまり用事もなく、また来シーズンから「ロイヤル・バレエ・アンド・オペラ」に名称変更されますが、この意図としては、バレエ公演が観光客向けに増えることを意味しています。ロンドンには多くの国からの観光客がいますが、観光客向けには小難しいオペラよりは、非言語のバレエの方が万人受けします。このカンパニーのシーズン・スケジュールを見ると「白鳥の湖」などの回数が多いのは、インバウンド集客対策のためと察します。今年は国内のオペラカンパニーの公演は観に行く予定がないで、ロイヤルオペラ来日公演を全開で楽しみたいと思っていました。今回の来日公演の公演概要を見た時は、どちらの公演も目玉歌手が見当たらなかったので、スペクタクル要素の強いトゥーランドットに人気が集まることが予想され、実際にトゥーランドットが連日満席で、今日のリゴレットは2階・3階を中心に空き席が目立ちますが、勿体無いと思います。リゴレットは「トスカ」と同じように、短時間の出来事をリアルなドラマに仕上がっていますし、アリア、二重唱、三重唱、四重唱、合唱と歌唱面でも見どころが多いのです。


第1幕の舞踏会で動物のマスクをつけた公爵がマスクを外すと、《あれかこれか》のアリアを歌いますが、今日の公爵の歌唱もやや不安定なスタートで、演技面では舞踏会で多くの女性を物色しながらの歌唱でした。今回の公爵役は理想的には、(ロイヤルオペラ公演で問題を起こした)グリゴーロあたりが歌って欲しかったです。チェプラーノ夫人の裸像の巨大絵画は美術としての高級感のある造りのこだわりがあり、公爵の高貴ぶりを象徴するように飾ってありますが、舞踏会での公爵と参加者たちの破廉恥ぶりのギャップが強調されています。激怒している現代のスーツ姿のモンテローネ伯爵が出てくると、場の雰囲気がガラッと変わります。パッパーノのタクトはこの部分ではかなりエネルギッシュで、緊張感のある音楽を出していました。このシーンは呪いのシーンでもあり、演出側としては、このオペラでの《転換点》と捉えていると思われます。つまり、ここまでは「呪いの無い世界」、ここからは「呪いのある世界」ときちんと区別したいと言う演出意図が読み取れます。ここまでの登場人物の衣装は、このオペラの設定である16世紀のマントヴァのものと思われますが、これ以降に登場する人物はリゴレット含めて、現代の衣装に変わるからです。多くのオペラではリゴレットの衣装は道化師の衣装で進行しますが、このオペラでは、第1幕の2場からはリゴレットはスーツ姿で、その他の人物も現代的な衣装になっています。


第1幕・第2場冒頭のリゴレットのモノローグでは不穏な音楽で、呪いについての苦悩が滲み出るような演技でした。リゴレットが興奮するに大声量になると、2階の自室で寝ていたジルダが起きてしまいます。ここでの二重唱ではジルダ役のシエラが絶好調で、高音域が綺麗に出ていました。その後、ジルダと公爵との愛の二重唱ではジルダの方が圧倒的に良い声でしたが、2人の強い愛情が醸し出される演技で、ジルダがここまで愛していると、このオペラのラストで身代わりで死を選ぶのも納得がいきます。ジルダが自室に戻って《慕わしい人の名は》は、ベットに横たわったりして、体勢を変えながら、コロラトゥーラを入れた難曲をうまくこなしていたので、今日の白眉かと思ったのですが、この後、まだ素晴らしい歌唱が出てきます。男性合唱による名合唱曲《静かに、静かに》はパッパーノがうまく抑揚をつけながら、歌うように指揮をしていて、これぞヴェルディと言えるような音楽でした(今日の深夜に放映される今年4月のムーティによるヴェルディは歌えていない指揮なので、今日のヴェルディの方が数段上のレベルでした)。


第2幕の公爵の部屋には別の女性の巨大絵画が掛けられていますが、この女性はジルダを描いているのでしょうか。その横には前の女性の巨大絵が横に置かれていて、公爵はテーブルで絵画を選んでますが↓、絵画と女性のコレクターと言う設定を意味付けしています。


リゴレットと延臣たちが出てくると、30人の延臣たちが一斉にタバコを吸うシーンは、リゴレットを完全に小馬鹿にしている象徴的な演出です。リゴレットのアリア《悪魔め、鬼め》は憤慨、苦悩、ジルダへの愛が切に伝わる素晴らしい歌唱と演技で、今日のリゴレット役のデュピュイは名歌手に仲間入りするかのような活躍でした。


そこにジルダが出てきてリゴレットとの二重唱《いつも、日曜に教会で》では、ジルダが身体を後ろに伸ばしながら、力を出し切るような必死な思いが伝わりました。


その後、モンテローネ伯爵が出てくると「剣も雷も打たなければ、、」と言って牢獄へ去りますが、このセリフが第3幕での激しい雷のシーン(大量のフラッシュ)に繋がっているようです。


第3幕での公爵による《女心の歌》は、今日も線の細い声でしたが、段々と調子が上がってきて、最後の長いフレーズは3回聴いた中では1番良く決まってました。公爵がマッダレーナを口説きながら、リゴレットとジルダの四重唱では、ジルダが最高に上手いのですが、それぞれの心理がうまく描かれていて、素晴らしい出来でした↓。(1階と2階で4人が歌いますが、よく合っていたと思います)


このシーンを見た後、リゴレットはジルダに「ヴェローナに行け」と言い、ジルダは「一緒に来て」と言い返しますが、一緒に行けば良かったのですが、これが運命のいたずらです。リゴレットが公爵殺害を殺し屋に頼むシーンを2階にいるマッダレーナに見られてしまい、殺し屋とマッダレーナが誰を殺すか揉めて口論する場面をジルダが見て、自分が身代わりになることを決意しますが、今回の演出を観ているとジルダが公爵だけでなく、リゴレットを守るために変装して出てくるように思えてきます。三重唱《嵐が来るな》ではNHKホール全体が雷シーンで照明のフラッシュがこれでもかと照らしてきます。このような徹底ぶりとストーリー分析などがこの演出の秀逸な点です。ラストのリゴレットとジルダの二重唱は涙を誘うくらい感動的で、嵐のような激しい音楽で幕が閉じます。座席が良かったせいか、NHKホールの音響の悪さを感じない充実したパッハーノによる音楽でした。


一瞬たりとも無駄の無い演出(演技、美術、衣装、照明)で、ここまで演出面で優れているリゴレットは初めてです。今日は歌唱面も良くなっていて、歌唱、音楽、演出の三拍子が揃った作品の真髄に迫っていたプロダクションでした。カーテンコールでは、赤い幕が降りてからも1回だけありましたが、これはリゴレットのラスト公演だったからでしょう↓。


(評価)★★★★ 3回目にしてやっと大満足のヴェルディが聴けました!

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 


指揮:アントニオ・パッパーノ

演出:オリヴァー・ミアーズ

美術:サイモン・リマ・ホールズワース

衣裳:イローナ・カラス

照明:ファビアナ・ピッチョーリ

ムーヴメント・ディレクター:アナ・モリッシー


マントヴァ公爵:ハヴィエル・カマレナ

リゴレット:エティエンヌ・デュピュイ

ジルダ:ネイディーン・シエラ

スパラフチーレ:アレクサンデル・コペツィ

マッダレーナ:アンヌ・マリー・スタンリー

モンテローネ伯爵:エリック・グリーン

ジョヴァンナ:ヴィーナ・アカマ=マキア

マルッロ:ヨーゼフ・ジョンミン・アン

マッテオ・ボルサ:ライアン・ヴォーン・デイヴ

イス

チェプラーノ伯爵:ブレイズ・マラバ

チェプラーノ伯爵夫人:アマンダ・ボールドウィ