年内で引退予定の井上指揮・都響を聴きに文化会館へ行きました。筆者は年内の井上公演は今回がラストの予定で、井上さよなら公演です。今回の定期演奏会は第999回で、来週の1000回までカウントダウン的な番号で、演奏される交響曲は「6」番と「6」番で、数字的な意味が重いです。ベートーヴェンの5番「運命」と6番「田園」は、ショスタコの5番と6番の関係に似ていると言われます。例えば、5番はそれぞれ成功した曲で、他の作曲家も運命の影響で5番を重要視にしています。6番は交響曲の基本を破って変則的に5楽章や3楽章になっています。今日の選曲は単なる「6」「6」の数字合わせではなく、上記のような意味合いがあると思われます。会場に入ると、田園は「会場の照明を通常より落として演奏する」とアナウンスが入ります。また、ステージ上には、オケの位置が指揮者を中心に小さな編成に収まっていて、何らかの演出意図がありそうです↓。

前半の田園は弦8-6-4-3-2で、かなり小編成で、室内楽的に小さな田舎を描きたいのだと思いました。今日が都響公演初のコンマスを務める水谷さんと横には山本さんが座っています。Va首席には久しぶりに店村さんがいました。井上都響ラスト公演なので、都響のメンバー構成も気合いが入ってます。第1楽章から自然なアプローチの演奏で、アコーギクは少なく、井上らしくない地に足のついた指揮ぶりでした。温かくて優しい響きのためか、左右2人の客が寝出しました。日本人はコンサート中に本当によく寝る人が多く、ヨーロッパでは寝ている人はあまりいません。ついでに言うと、通路から他のお客様が入って来る際はヨーロッパではみんな立って客が席に入れるようにしますが、日本は誰も立ってくれません。日本では荷物を足元においている人もいますが、どうやってそこを通ったら良いでしょうか。これはヨーロッパと日本のしつけの違いです。第2楽章はテンポを落として静かに濃厚に演奏されます。今日の井上は丁寧な音楽づくりで、指揮ぶりにいつもの遊び心はありません。この楽章も睡魔を誘うのか、隣の客がいびきを書き出して、本当に困りました。井上の小さな編成で小さな田舎の村の田園風景を描きたいと言う意図は第3楽章で分かりました。この楽章でやっと井上のダンスの指揮が見られますが、やはりこの曲をこのホールでこの小編成(特にCb2)は厳しいと思います。途中でトランペット2、トロンボーン2、トライアングル奏者が上手から入ってきて、2ndVnの後ろにスタンバイします。この5人が田舎の村の祭に盛り上げ隊として入れ込む仕掛けでした。第4楽章の嵐のシーンはこの編成なので、小ぶりの嵐ですが、TimpとFlに鋭い音を出させていました。この嵐で周りの客はやっと起き出します。急速な嵐から最終楽章では、テンポを落として美しい展開になって欲しかったですが、ここでのホルンのキズはダメージが大きいです。少数精鋭のVnの演奏が終始美しく、かなり丁寧に描かれた田園で、ゆったりとしてフィナーレになりました。このような新鮮なアプローチの田園を聴くのは初めてで、井上の指揮者としての芸風は癌治療後から、だんだん進化してるので、年内で引退は本当に勿体ないです。12/30の井上のラスト公演(読響)ではこの「田園」が演奏される予定です。

(田園の時の照明)


井上さんは「自分自身がショスタコだ!」と言っているくらいのショスタコの伝道師ですが、彼のブログには、本人のショスタコ交響曲の短い解説があります↓。

井上とショスタコの人生と重なる、苦しい心境や境遇があるため、ショスタコの陰と陽が包含されている性質が井上の心に刺さっていたのではないでしょうか。井上の若い時の家族関係の複雑さなどの心境は、彼のショスタコの指揮にも現れることがあります。井上は一時期はダンサーを目指していましたが、そのキャラクターもダンシング指揮者として活かされています。彼ほど自由で素直に行動・言動する指揮者は珍しいと思います。

(今日の公演のリハーサル映像)


後半は「小」→「大」編成になり、曲想は「陽」→「陰」に変わります。ショスタコ6は緩-急-急の変則な3楽章で、楽章を追うごとにテンポが早くなるのが特徴です。バーンスタインは「チャイコフスキーの6番は音楽史上初めて緩徐楽章で終わる交響曲、ショスタコーヴィッチの6番は音楽史上初めて緩徐楽章で始まる交響曲」と言っています。ちなみに、この2つの6番は両方ともロ短調であります。陰鬱で重くかつ長い第1楽章では、井上は落ちついた指揮捌きで、ここでも丁寧に音を紡いでいて、演技がかった井上の指揮ぶりはありませんし、顔芸的な表情も少なかったです。前半のTuttiによる演奏から後半のクラリネット2本で始まる部分では、ゆっくりとした神秘的な世界観になり、静かに進んで終わりました。第2楽章は一点してクラリネットから始まる明るく楽しい曲想で、途中で、井上らしい破天荒な指揮が出てきました。ラストはフルートとクラリネットによる、おもちゃ箱のようなエンディングでした。最終楽章は、さらに軽快に飛ばして、井上のダンシング指揮が出できます。オケの演奏能力が高く、井上の指揮に都響が全身全霊で食いついてきた素晴らしい演奏でした。最後は圧巻のフィナーレでした。この交響曲はショスタコが「喜びに満ちた叙情的な曲」と言っていますが、第1楽章はそうとは言えないですし、第3楽章のフィナーレは「共産党万歳!」と揶揄しているような感じがしており、この曲を聴くたびに解釈が難しいと思っております。

今日のカーテンコールは井上らしさが全開でしたが、指揮に関しては比較的抑えていた印象があります。井上が桐朋学園大学を卒業して、都響の副指揮者だった時がありましたが、都響での井上の最終公演なので、カーテンコールは盛り上がりました。来週の都響のインバル指揮第1000回定期演奏会のコンマス体制は山本さんと水谷さんで、今日と入れ替わる形になります。

(井上への花束贈呈シーン)


(評価)★★★ 井上のラストイヤーの素晴らしい公演でした

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 


指揮/井上道義

ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 op.68《田園》
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 ロ短調 op.54