昨年7月に休刊した「レコード芸術」が、オンライン版として復活させるためにクラウドファンディング(以下、CF)をやっていて、目標金額の1500万円を超えて、1700万円(支援者:約840人)が集まったそうですが、840人のうち一部の方は1年間の購読プランを選択していないので、実際のオンライン版の購読者は800人程度となります。レコード芸術が昨年休刊した時は約3000人からの復活の嘆願書が出たと聞いておりますが、結果、低めの目標金額は達成していても、800人の読者しかいない雑誌は終わってると思います。嘆願書にサインした3000人の方はハシゴ外しなのか、CFのことを知らなかったのでしょうか。ハシゴ外しなら、レコード芸術側に同情します。今回のレコード芸術のオンライン化について、経営学視点で論考していきたいと思います。


1. CFの支援金額

今回、1700万円の支援があり、レコード芸術のオンライン版は当面1年間は掲載されることになりますが、この金額で、1年間もクオリティの高い編集はできるのでしょうか。CFで集まった1700万円は全額、音楽之友社には入ってきません。まず、1700万円の約20%がCF会社への手数料が取られます。この時点で、1360万円が手元に入りますが、支援者へのノベルティも制作し発送しないといけませんので、60-80万円の実費が消えることになります↓。

そうなりますと、音楽之友社に入るのは1300万円程度で、毎月約100万円の予算で、オンライン版を制作しなければなりません。仮に編集者を2人専任で配置しただけで、年間1300万円は消えてしまいますから、執筆者への原稿料、デザイン費、撮影費、その他の雑費(郵送料、会議喫茶費など)はどのように賄うのでしょうか。かなり雑な皮算用で設計されたCFで、本来なら3000万円くらい集めないと12ヶ月間、クオリティの高いコンテンツにならないと思います。あとは、月単位の読者を増やせるかどうかですね。


2. コンテンツ産業の宿命

ゲーム・アニメ・音楽や新聞・雑誌などのコンテンツ産業は、「コンテンツ力」と「事業戦略」(マーケティングとほぼ同義)のどちらかが優れてないと成功しません。ゲームやアニメは面白ければ、自然とヒットして、事業戦略を疎かにしても、儲かります。AKB48は音楽としては大したものではないですが、事業戦略がうまかったのでヒットしました。レコード芸術の場合は、紙版時代からコンテンツ力がなく、さらに近年の書店の大量閉店が拍車をかけて、読者が激減し、休刊になりました。これは、他の休刊・廃刊したファッション誌などでも同様に言えることです。つまり、コンテンツとしてのパワーがないレコード芸術をオンライン版で復活させても、CFでの読者数は全国で800人しかいないので、オンライン版の事業が来年以降も継続するかは疑問です。


3. デジタル化への対応の遅さ

最後に指摘したいのは、レコード芸術の事業戦略面での失敗です。クラシック音楽誌の「ぶらあぼ」は早くからオンライン版を導入して、紙とデジタルの両利きでうまくやっているように見えます。広告収入で運営しているので、全て無料コンテンツで、過去の掲載もアーカイブ化されているので、多くの方に読まれています。若いクラシックファンの方はぶらあぼをよく読まれている印象があり、例えば、今年2月のハーデリヒのリサイタルはぶらあぼだけが事前告知の記事があり、このリサイタルは若者が多かったです。つまり、デジタル化に成功していて、若い読者も多いので、事業継続の可能性が高いと思います。しかし、レコード芸術のオンライン版は1ヶ月の購読料が1200円で、この金額を払うなら、月額1000円のApple Music Classicalに入って、膨大な量の音楽を実際に聴いた方が良いと思います。レコード芸術のCDレビューは駄盤であっても何らか褒めないといけないので、信頼性が劣ります。このような専門家の忖度レビューを読むくらいであれば、Apple Music Classicalの「ニューリリース」のCDを聴いた方が早くて効率的で、自分好みの名盤を見つけることができます。AmazonやタワレコのCD販売サイトには無料視聴があり、購入者のレビューが書いてあり、このレビューが詳しく書いてある時もあるので、これを参考にして買うこともできます。このような背景で、銀座の山野楽器でクラシックのCD販売を止めてしまったのでしょう。レコード芸術の失敗は、デジタル戦略に完全に乗り遅れて、今更ながら、CFで一時しのぎをしようとする点です。ぶらあぼのように、一早くオンライン版をローンチし、広告収入で無料コンテンツにするのが、東洋経済や週刊文春などの大手雑誌がやっていることです(一部は有料コンテンツ)。今や、このアメブロも含めて、無料のコンテンツが世の中に溢れている中で、月額1200円の購読料を取るのはかなりの至難の技です。天下の日経新聞でも、電子版を合わせた読者数は減少しています↓。

日経の購読者数が減ってるのは、月額4200円で少し高いのと、ニュースは無料のサイトやアプリで良いと考えている人々が増えているからです。かつての朝の電車では新聞を読んでるサラリーマンばかりでしたが、今は電車や飛行機の中でスマホでゲーム、SNSなとをしている人ばかりで、日経電子版をスマホで読んでいる人はあまり見かけません。デジタル化が進むと、無料コンテンツが溢れてきて、人々は無料コンテンツだけで十分に時間消費できますので、レコード芸術は勿論のこと、日経新聞でさえ読む時間がなく、有料コンテンツをわざわざ利用しないわけです。ちなみに、NYタイムズは世界的な読者層を増やすために、年間20ドルでオンライン版が読めます。物価が高いと言われているアメリカで、月250円でNYタイムズが読めるのが不思議ではありますが、このトレンドは世界的に広がると思います。このような意味で、レコード芸術のデジタル化の失敗によって休刊になり、オンライン版もそう長くは続かないと予想します。同じ論理とストーリーで「音楽の友」も長くはないと思います。


最後に近年、利用者が増えているCFですが、当初は「応援企画」「実験企画」のようなものが多かったです。最近はお寿司の会員制や最新のイヤホンなどが出されていて、トラブル事例を聞いたことがあります。会員制の寿司屋は予約で一杯で予約ができなかったたり、イヤホンは壊れた場合の修理相談センターがなかったりなど、今後、CFの問題がいくつか出てくると思います。