今日はカーチュン・ウォンのマーラー9番を聴きにサントリーホールへ行きました。普段は日フィルのコンサートには行きませんが、多くの人が「カーチュンは素晴らしい」と言うので、誤魔化しができないマーラー9番でウォンの活躍ぶりを確かめに来てみました。今月のウォン指揮・日フィルはチャイコフスキーやラフマニノフをやりますが、これらの曲は盛り上がれば成功するみたいなところがありますが、マーラー9番はそうなりません。マーラーは人生を通じて交響曲に全力を尽くし、最後の完全版の交響曲第9曲の録音は名盤が多く、逆に失敗作をあまり聴かないくらいです。多くの名指揮者が用心と準備を重ねて取り組んでいる気配があります。筆者のベスト実演はベルリンとルツェルンのアバド指揮(94年の来日公演は微妙)です。今日は多くのマイクが配置されていたので、録音していると思いますが、37歳のウォンにとって、マーラー9番は試練になると思います。開演前のプレトークにも参加しましたが、日フィルのコンサート告知、交響曲の「9番」のジンクスの話、静寂が大事な曲なので携帯電話オフに!くらいの話で、早めに行く意味がありませんでした(^^)。都響同様に、日フィルの木管とCbは舞台上で調整していましたが、チューニングの音で弦の音の物足りなさを感じます。本日は完売公演でしたが、座席の埋まり具合は85%くらいでした。


第1楽章の序奏と第1主題から音のバランスが悪く、金管と打楽器を強めにする鳴らし屋的な指揮で始まりました。特に打楽器は意味が無いほど強めの音で、弦楽セクションの音があまり聴こえてきません。この点はお祭り指揮者のマケラに似たアプローチに近いです。誇張だらけの第1楽章は深い精神性を感じませんでした。この演奏のせいか、会場の1/4の観客の方が寝ています。スティーブ・ジョブズは日本での会議で「なんで日本人は会議で寝てるのだ!」と言っていた話を聞きましたが、ヨーロッパに比べて、本当に日本では寝る方が多いです。さらに日フィルのお客様のマナーはあまり良くないので、筆者があまり日フィルに行かない理由の一つです。第2楽章はキビキビとした楽天的な展開で、ここでの金管含めた盛り上げ方は良かったと思います。今日の日フィルの金管はウォンの度重なる要求に対してよく応えていて、この点は評価できます。第3楽章も弦楽セクションの深みのある音がなく、金管と打楽器を強調する表層的なスコア分析のように思えます。このような場当たり的な解釈は若手の指揮者に多いパターンですが、バーンスタインやアバドのような全体的な音楽の構成美が感じられません。このような凄みがない点や緊張感が生まれない点が、再び、睡眠を誘う演奏になってしまうのでしょうか。第3楽章が終わると、ウォンは指揮台を降りて、指揮棒を床に置いて、眼を閉じて整えてから、第4楽章に入ります。この第4楽章を儀式化する演出は賛同します。この交響曲に関しては様々な解釈がありますが、筆者としては、第1楽章から第3楽章までは人生の回顧、第4楽章は天国への道と扉を表現しているように思えます。マーラーの亡くなる前年に作曲されたこの交響曲には、妻アルマの病気やマーラーにも死がうっすら迫っていて、天国の世界を意識していたのではと解釈しております。この楽章の冒頭は、”Sehr Langsam”(とてもゆっくりと)の指示がありますが、比較的早いテンポの展開でした。このような点が今日の演奏での深みと重みを感じなかったのだと思います。緊急感があまりないまま、ラストパートに進み、ここまでの部分で天国の風景は感じられず、どちらかと言うと田園の風景のような俗世を描いているような演奏でした。最後のパートの”Ersterbend”「死に絶えるように」はCb以外の弦楽セクションによる演奏ですが、死に至る緊張感・切迫感は感じませんでした(音がだんだん消えていくイメージでした)。やはり、ウォンがこの曲を指揮するのは20年から30年後の方が良かったと思われます。彼はErsterbendの本質的な意味をどのように捉えていたのでしょうか。演奏が終わると、ウォンは70秒ほどの静寂を待って、腕を下ろして拍手となりました。この長い静寂はライブ録音のCDの演出としては使える手法ですが、会場にはそれほどの緊急感はなく、静寂の中でも咳や荷物を動かす音などが散見されて、この楽章の儀式化に失敗した感じがしております。 

最後に、ウォンと日本フィルの関係性にやや懐疑的です。温厚そうに見えるウォンはリハ中に楽団員に怒ったり、思い通りにならずに楽屋に戻って籠ってしまったなどのエピソードを楽団員から聞きました。今後、この関係はどうなっていくのでしょうか。ウォンと日本フィルの関係性の良さを主張する音楽評論家のコメントには気をつけた方が良いです。

(評価)★★ 金管は頑張っていましたが、カーチュン・ウォンの解釈はまだ甘いと思いました

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 

出演
指揮:カーチュン・ウォン
日本フィルハーモニー交響楽団
曲目
マーラー:交響曲第9番 ニ長調