今年の春祭は20周年ということで過去最大規模で1ヶ月半にわたり、オペラの演奏会形式も4本ありますが、今日は3本目の「アイーダ」です。コロナ明けから春祭の実行委は音楽マネジメント会社出身などの人材を増やしていて、今年はかなり気合いが入っています。人気演目かつムーティ指揮ということで、平日マチネでも満席に近く、NHKの収録も入ってました。ミラノ・スカラ座監督時代のムーティは大好きでしたが、近年になってからは、かなり疑問符のつく公演ばかりで、投資効率ではないですが、投資(高いチケット代)の割には感動度合いが低い「投資感動率」が低いものばかりです。例えば、2014年のローマ歌劇場のムーティの名刺代わりのようなオペラ「ナブッコ」は低調で、スカラ座時代のものとは別物でした↓。


かつてのような鋭い眼光ではなく、老いた化石のような風貌になったように感じます。年齢が80歳を超えたので、このようなエネルギッシュな指揮はできないのでしょうが、コロナになって、21年の春祭オケとのモーツァルトの「ハフナー」と「ジュピター」は来日してくれるだけで有り難かったですが、全く感動できるものではありませんでした(91年のザルツブルク音楽祭でジュピターとは別物です)。22年のウィーン・フィル来日公演の「ハフナー」と「ザ・グレイト」は独特のテンポで原典主義とは程遠い自己陶酔的な演奏で、極め付きは昨年4月のウィーン・フィル定期演奏会での「ハフナー」はさらに酷いものでした。昨年のザルツブルクでのブル7公演も含めて、ウィーン・フィル団員からも不評で、「ハフナーは、なんでインテンポじゃないのか!」「最近のムーティはナルシストだよ!」と怒っている団員もいました。毎年のウィーン・フィル定期1プロとザルツブルクのコンサート1プロがありますが、嫌気をさしてる楽団員が少なからずおり、今年のザルツブルクでもブル8をやるらしいですが、降りたいと言う楽団員もいます。筆者はザルツブルク郊外のカラヤン先生の家にあるムーティの家に行ったことがありますが、ここでゆっくり過ごされた方が良いのではないでしょうか。ベルリン・フィルの楽団員からもムーティは不評で、筆者は2009年のベルリンとナポリで「ザ・グレート」を鑑賞しましたが、この後はベルリン定期に再登場することはありませんでした。2月のイタリアでのオペラ公演でもムーティの音楽面は現地のメディアからは批判されています。このような背景で、今日の「アイーダ」が低調であれば、今後、ムーティ公演には行かない覚悟で上野に行きました(他にも指揮者で1人、歌手で2人ほど今年で最後にするような対象の方がいます)。

コロナ前の2017年のザルツブルク音楽祭でのムーティ指揮の「アイーダ」は舌鋒鋭く素晴らしい上演で、こちらはNHKでも放映されました↓。

ネトレプコ、メーリ、サルシなどのスター歌手も出ていましたが、この時が本当のヴェルディ音楽であります。今日の耳汚しのようなアイーダを清めるために、2017年ザルツブルク公演(ムーティ指揮・ウィーンフィル)の録音を今、聴いています↓。

今日の公演を「破格の超名演!」と言っているネコ好きの音楽評論家や、「オケがイタリアの音!」と言っている新国立劇場とイベントをよくやってるオペラ評論家は日本のガラパゴス音楽圏での感想なのでしょうか、あるいは、ステマ的な投稿なのでしょうか。イタリアに長く住んでない日本の評論家がやたりに「イタリアの音」だとあまり言わない方が良いと思います。イタリアを知らない今回の日本人の若者オケにそれを求めるのは難しいです(コロナからウクライナ戦争のこの5年間はイタリアに行っている若者は少ないと思います)。

今日のアイーダは高揚感や躍動感がなく、聴いていて全体としてかったるい音楽で、昨年の新国立劇場のリッツィのテンポ感のある指揮や、一昨年のザルツブルク音楽祭でのアンティノグルの切れ味ある指揮の方が遥かに好演でした。(アンティノグルは今年10月に来日しますが、彼の方が今のムーティより鋭く説得力のある指揮をします)。


第1幕で指揮台の前に歌手が板付いた後に、ムーティが登場しますが、拍手とブラボーでムーティの熱狂的なファンの方がいるようです。Vnで始まる前奏曲を指揮しようとしたムーティが一瞬止めて、改めてスタートしますが、このような瞬間が今日の不安を暗示させました。ランフィス役のデ・カンポはキャリアの浅い若手ですが、落ちついた歌唱で今後も注目したいです。ラダメス役のガンチはやや軽い声質で、ラダメスらしい覇気のある歌唱ではありません。アムネリス役のマトーチュキナはチャイコン覇者のロシア人歌手で16年のマリインスキー来日公演の「エフゲニー・オネーギン」、昨年の春祭の「仮面舞踏会」で活躍している実力派の歌手で、今日も素晴らしい歌唱でした。アイーダ役のシーリは昨年のボローニャ歌劇場来日公演でグレギーナとダブルキャストで来日しましたが、体格が大きい割には声が細く、子守唄を歌ってるようなシーンもありました。第1幕2場の儀式のシーンで、巫女役の中畑さんの歌唱とハープの伴奏(本来ハープは2台ですが、今日は1台でよく頑張ってました)は素晴らしいかったのですが、ムーティは女性合唱に不必要な誇張を加えますが、これは説得力のないものです。こういう独善的な解釈が多く見られて、失望感が増していきました。また、フルートとピッコロの女性3人はスタミナと技術不足で、ヴェルディらしい破壊力のある音に欠けていて、この時点で失望感がさらに高まります。ムーティは今回のアイーダの演奏会形式を交響曲のようなアプローチで指揮しているように感じました。そのため、このオペラを聴いている時の高揚感や興奮感が味わえませんでした。


第2幕の2場での金管はキズが多く、凱旋シーンのバンダは学生だと思いますが、こちらも滑りまくりで、学校の発表会レベルでした。日本が誇る東京オペラシンガーズの合唱の出だしが合わないことがありましたが、これはムーティのタクトが分かりにくいからで、コンマスの郷古さんが身体を大きく揺らしながら、オケと合唱が合うように、合唱側へ斜め45度の姿勢で必死に努力されていました。ムーティのタクトが自由奔放なところがあり、郷古さんは本当に頑張っていたと思います。アモナズロ役のヴァシレは昨年の春祭の「仮面舞踏会」で良い印象でしたが、今日の歌唱はややロマンティックな声質でしたが、素晴らしいかったです。第2幕が終了した段階で今日は帰ろうと思ったのですが、18時に日本橋あたりで友人と鰻を食べる約束をしていたので、我慢しながら、第3幕以降も聴くことにしました。


アイーダは第3幕でも調子が悪く、途中、シーリはハプニングで歌唱が途切れたり、咳き込むようなシーンがあり、今日は不調だったのでしょうか。ガンチも音程が合ってないところが散見されました。一方で、第4幕1場のアムネリスは絶好調で、今日の1番の活躍でした。マトーチュキナはネトレプコ並みに期待を裏切らない歌手です。2場のアイーダとラダメスは2人とも調子が良くないですが、空気の薄い地下牢でのシーンには声量の少なさが皮肉にもマッチしていたと思います。テンポが終始遅かったせいか、終演予定より20分間ほど遅れて終わり、カーテンコールを見ずに文化会館を急ぎ足で後にしました。


かつて帝王と言われたムーティの公演には何度も感動しました。シカゴにも4回行きましたが、ヴェルレク以外は感動できず、2019年のシカゴ響の来日公演もあまり良い印象がありません。アイーダはミラノ、フィレンチェ、ローマ、ナポリ、ヴェローナなどで50回以上イタリアで鑑賞していますが、今日は人生で過去最低のアイーダだったと思います。ムーティの公演には今後行きませんし、来年のウィーンのニューイヤーコンサートのチケットも取らないことにしました。今日は筆者としての『ムーティさよなら公演』でした。今年の9月上旬にムーティ指揮・春祭オケで「アッティラ」を急遽、開催するそうで、会場・歌手は調整中のようです。教育プロジェクトとしての価値はあると思いますが、公演としての価値は今日の印象ではあまり感じられません。この時期はリハを含めると、欧州での夏の音楽祭やシーズン開幕公演で忙しくなる時で、この段階でキャストが決まっていなくて大丈夫なのでしょうか。ムーティも8/18のザルツブルクでのウィーン・フィル公演後に来日することになりますが、スケジュールがよく空いてましたね。人間の価値観は相対的な判断で決まりますが、ムーティ信者のお客様のカーテンコールはかなり熱く長かったみたいです。鎖国に近いブータン人が世界一幸せと言われていますが、それに類似している現象と捉えるか、または、声が不調で演技ができないパヴァロッティの晩年期に米国のテレビが、”Mercy Applause”と言っていたのと類似する現象だと認識しております。ムーティには本物のヴェルディをつくる力はもうありまさん。だから、欧州でムーティが著名オケに呼ばれる機会が激減し、アイーダも指揮しないのです。欧州には他に優秀な指揮者がたくさんいるんですよ。この点は今年の夏のザルツブルクでマルクス監督やウィーン・フィルのメンバーと深く話してみる予定です。

それでは、ムーティさん、色々とありがとうございました!


■2024年4月17日 [水] 、4月20日 [土]タイムスケジュール(主催者発表)
第1幕 14:00~14:40 [約40分]
―休憩 20分―
第2幕 15:00~15:45 [約45分]
―休憩 20分―
第3、4幕 16:05~17:15 [約70分]

→終演は17:35です



(評価)★ 人生最低のアイーダ公演でしたが、アムネリスは素晴らしかったです。コンマスの郷古さんも頑張ってました。

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 

 出演

指揮:リッカルド・ムーティ
アイーダ(ソプラノ):マリア・ホセ・シーリ
ラダメス(テノール):ルチアーノ・ガンチ
アモナズロ(バリトン):セルバン・ヴァシレ
アムネリス(メゾ・ソプラノ):ユリア・マトーチュキナ
ランフィス(バス):ヴィットリオ・デ・カンポ
エジプト国王(バス):片山将司
伝令(テノール):石井基幾
巫女(ソプラノ):中畑有美子
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
合唱指揮:仲田淳也