ベルリン州立歌劇場のイースター期間のフェストターゲの「ニーベルングの指環」の第2サイクルを1番前の席(22年10月とほぼ同じ席)で鑑賞し、これについて簡単な感想のまとめをしたいと思います。 

【演出】

演出面は既に書きましたが、鬼才演出家のチェルニアコフによる時代読み替え演出で、さまざまな設定アイディアの中から化学研究所を舞台とすることで、ニーベルングの指環の神話の世界を現代に置き換えることができると構想したのだと思います。1度目ですと、音楽・歌唱・演技(エキストラ含む)・舞台・字幕・指揮者のモニターと色々と見ること/やることがあり、完全消化ができないことがありますが、今回はかなり理解が進みました。演出は「ストーリーを分かりやすくするための手段」だと思っていますが、この演出は初演の時はブーイングが出たらしいですが、ブーイング出るほど悪くはなく、むしろ元々の神話のストーリーで不自然な部分が現実的になっています。例えば、ラインの黄金でアルベリッヒの兜で変身はしますが、神々の黄昏ではジークフリートは兜をつけません。化学研究所の化学物質で別人格になったジークフリートがブリュンヒルデに暴力をふるって、指環を奪う方がストーリーとしてむしろ自然です。また、黄昏の第3幕でのジークフリートの葬送で、ヴォータンやエルダらが参列する点もリアルです。化学研究所内の腐敗・不正・陰謀などによって、最後は研究所自体が崩壊するシナリオは現代人にとっては、むしろ分かりやすくのではと思います。このような創意と工夫にバレンボイムが評価して、チェルニアコフ演出によるトリスタンとイゾルデ、パルジファルに次いで、ニーベルングの指環も彼に演出を任せたのでしょう。来シーズンからはティーレマンが音楽監督になるので、指環は新演出になるかポイントですが、新演出であれば必ず観に行きます。


【歌手】

歌手のキャスティングは、ほぼ文句なしにバイロイトやウィーンより格上で、世界最高峰のワーグナー歌手が揃っていました。メインどころの歌手では、前回と今回で異なるのは、ヴォータンがフォッレからコニエチュニーになり、彼の独特の声質とコミカルな演技が前回より素晴らしかったです。フンディングもミカ・カレスからルネ・パーペになり、久しぶりのパーペの迫真の演技と素晴らしい歌唱でした。圧倒的な歌唱を見せてくれたのはカンペで、その次がコニエチュニー、パーペ、シャーガー、ウルマナでしょう。これらのバイロイト以上のキャスティングができたのもバレンボイム監督時代の企画だからであります。ティーレマン監督時代になっても同じような世界最高峰のワーグナー歌手を集めて欲しいです。残念だったのは、ローゲ役のビリャゾンは今回は調子が良くありませんでした。筆者は彼と同じホテルに泊まっていまして、朝食レストランで話した時は、ビリャゾンはまだ52歳ですが喉の調子が良くない時が多く、今後はプロデュースの仕事を増やしていくそうです。ビリャゾンが絶好調だったのは2005年のザルツブルク音楽祭の「椿姫」(ネトレプコ主演)の時だったと思います。彼はドイツ語があまり話せませんので、レストランのスタッフに対しては英語でしたが、その為、ローゲの演技は上手いのですが、歌唱はイマイチになってしまいました。


【音楽】

前回の22年の第3サークルはティーレマン指揮で、メルケル元首相も全公演鑑賞されていましたが、この時は人生で一二をあらそうレベルの壮大で重厚なワーグナー音楽でした(再掲になりますが、この時ラインの黄金が今月、ワルキューレが6月にDVDで発売されます↓)。


毎日のようにピットからの地響きがするくらいで、快感を覚えたことがあります。今回のジョルダンは来年50歳で中堅指揮者ではありますが、様々な劇場で指環を指揮した経験もあり、よくまとまっていたと思いますし、全体のストーリーと歌唱のバランスを重視した音楽ですが、ティーレマンほどの巨大さや重厚さは欠けます。しかし、盛り上げるべきところは荘厳な音楽になっていて、最前列の席でも良い音は聴こえてきました。ベルリン州立歌劇場の最前列の前はオケとの壁がありますが、隙間があり、そこからの音もすごいです↓。

ジョルダンの指揮はラインの黄金、ワルキューレあたりまでは説得力のあるもので、観客が大熱狂でした。モニターで指揮ぶりを観ているとティーレマンは終始熱く激しいのですが、ジョルダンは比較的落ちついていて、間奏曲など盛り上げるところは大胆にタクトをふっていました。ジークフリートあたりから少しパワー不足なところがあり、観客の熱狂もダウンしてきて、神々の黄昏でも少しスタミナ不足な点がありました。また、ティーレマンのように重いバウぜも少なかったので、ややあっさりとしたストーリーを活かす音楽に感じられます。黄昏でのカーテンコールではブラボーと共に少しブーイングが出てました。これでブーイングが出るなら、3月の新国立劇場のトリスタンは大・大ブーイングだと思います(多くの方が新国立劇場のトリスタン演奏を褒めてますが、都響のホルンはキズが多かったですが、ベルリンはほとんど無いです)。今回の指環も素晴らしい演奏であることは間違いなく、これはベルリン州立歌劇場のオケの演奏能力によります。このオケのメンバーで夏のバイロイトで演奏している楽団員によると「オケのレベルはバイロイトよりベルリンの方が優れている」だと言っていましたし、ジョルダンと飲みに行った時も「ベルリン州立歌劇場のワーグナーは世界最高だ」と言ってました。ウィーンはリハの時間が少ないので、完璧な演奏は難しいらしいです。ワーグナーやR.シュトラウスがこの歌劇場で指揮していた時代がありますが、その時の奏者を師とする現役の楽団員がたくさんいます。筆者と食事したチェロ奏者の先生はR.シュトラウスの指揮のもとで演奏した人ですが、とても忙しい先生で、朝6時から8時までしかレッスン時間がなく大変だったそうです(ベルリンの著名オケのチェロ奏者の2割はこの先生の指導を受けているそうです)。こういう伝統とプレイヤー層の厚さがこの歌劇場オケの素晴らしい点です。

(神々の黄昏でのジョルダンと楽団員へのカーテンコール)


✳︎参考: 2022年のティーレマン指揮の神々の黄昏でのカーテンコール↓


【まとめ】

バイロイトはワーグナーの聖地と言われていますが、演出面は毎回のように問題になりますし、近年では指揮者や歌手のキャンセルが多く、小粒感が出てきており、財務面の理由で合唱団の人数を減らしたのも残念です。ジョルダンは今夏にバイロイトで指環を指揮する予定でしたが、演出が嫌になりキャンセルしたそうです(表向きはスケジュール面となってます)。オケもベルリンの方が良いのであれば、指環を含めたワーグナー作品はベルリン州立歌劇場が世界最高峰だと思われます。ベルリンでの指環は1週間のサイクルでバイロイトと同じスタイルですが、ウィーンの指環は1ヶ月間かけて1サイクルなので、ベルリンでの鑑賞がおすすめになります。今回の4日間のチケット代はユーロが安い時の購入でしたので総額13万円(1枚・32000円)くらいでしたが、これは新国立劇場のトリスタンのS席とほぼ同じです。ベルリンは州からの補助金が75%、新国立劇場は国から50%ですが、ベルリン州のおかげで世界最高峰のワーグナー楽劇を鑑賞できるのは幸せです(ベルリン州に大した税金を払っていないのに申し訳ないですし、逆に新国立劇場のレベルの低さには怒りを感じます)。後日、ジョルダンやビリャゾンらと会話した内容などを簡単にまとめてブログします。


(評価)★★★★★ 現在の世界最高峰のワーグナー歌手による指環でした!

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演