今年の日本でのオペラ公演の最大の見どころは、6月の英国ロイヤル・オペラ来日公演と今日の小澤征爾音楽塾「コジ・ファン・トゥッテ」の2つに絞られると思います。今回で20回目の節目となる小澤征爾音楽塾のオペラが大注目なのは、小澤さんが亡くなった直後でもありますが、歌手陣にフリットリが入っているのと、指揮者のマテウスは先月にウィーン国立歌劇場の「セビリアの理髪師」で指揮をしている若手のホープだからです。5月の新国立劇場でにコジがありますが、指揮者や歌手の面では今日の小澤音楽塾の方が数段上だと思います。しかも、今日のS席は25000円、5月の新国立劇場はS席26400円ですが、税金によって半分の制作費が賄われている新国立劇場の方が高いのが不思議です(小澤塾のスポンサーのローム様のおかげもあるでしょう)。当然、新国立劇場のコジのチケットは余ってますが、年内に行きたい公演があまりないです。小澤塾オペラは2003年の「こうもり」(元相撲力士の小錦がゲスト出演)を鑑賞して以来ですので、かなり久しぶりの公演になります。

開演前のオケの楽譜がモーツァルトのディヴェルティメントになっていて、冒頭で小澤さんを偲ぶ献奏となりました。指揮者無しで、小澤さんに語りかけるようなゆったりとした重みのある演奏でした。この時のコンマスは豊嶋さん、Vaには川本さんがいましたが、このお二人は献奏が終わるとピットから降りてしまいました。桐朋系の弦の力を感じました。

(モーツァルトのディヴェルティメントのスコア)


今日の演出は、モーツァルトの意図通りの分かりやすい舞台で、物語の舞台地のナポリ風景などがリアルに表現されています。このオペラの最大の特徴はシンメトリー構造ですが、舞台美術や歌手の動きなどシンメトリーをベースとしていて基本をおさえた演出になっていました。歌手のキャスティングも上手い具合にシンメトリーで、若手の男女4人とベテランの男女2名が容姿と年齢がストーリーにフィットしています(女中のデスピーナは若手歌手の場合がありますが、今日のフリットリを観ていると、オバさん版の女中の方が説得力が上がります)。今回のようなストーリー背景と合致している歌手のキャスティングは重要だと思います。


歌手陣で特筆すべきはフィオルディリージ役のクラークとドラベッラ役のシャイエブでしょう。2人とも若くて美貌な点がリアルでしたが、歌唱面ではクラークの第1幕・14番の《岩のように》のアリアを始めとする熱狂的な歌唱が秀逸でした。クラークの歌唱ぶりを聴くと、「ばらの騎士」の公爵夫人くらい歌えそうな迫力がありました。シャイエブはどちらかというと、演技面で素晴らしく、若い時のガランチャのような風貌なので、彼女のカルメンを聴きたくなりました。彼女らの二重唱も美しかったので、この2人の名前はきちんと覚えて、今後も要チェックの歌手になりました。問題は若手の男性で、フェランド役のアダイーニは声が細くて、4階や5階席まで声が届いているか心配になるくらいですし、グリエルモ役のアルドゥイーニはあまりインパクトがありませんでした。


若手を支えるベテランのドン・アルフォンソ役のグリフリーは66歳ですが、風格があり、歌唱と演技のバランスが良かったです。本日の最大の注目のデスピーナ役のフリットリは2011年9月にウィーンで「シモン・ボッカネグラ」(ドミンゴ、フリットリ、フルラネット出演)を鑑賞して以来で、第1幕で登場した時は、かつてのフリットリからふくよかな感じになられていて、少し驚きました。

(2011年8月のウィーン国立歌劇場でのシモン・ボッカネグラ)

フリットリは来月で57歳になるので、もう大ベテランの域ですが、今日は余裕のある歌唱で、昔のように声をはることは少なかったですが、コミカルな演技は、手指まで含めてかなり細かいところまでこだわっていて、モーツァルト歌手の代表格と言われるくらいの存在感と座長感がありました。変装した医師役や公証人役でも好演していました。フリットリのようなスター歌手が出演してくれるのは、小澤さんの存命中に今回のキャスティングがされたからでしょう。


指揮者のマテウスは、序曲では快活でシャープな指揮ぶりで始まり、歌唱とオケを丁寧に合わせていく手腕を感じます。オケは桐朋の弦が活躍していますが、金管で少し滑っていたのが残念でした。


会場で売られていた1000円の公演プログラムは読み物としてかなり興味深いものが多かったです(文字が小さいので老眼にはしんどいですが)。特に今日の献奏に参加していた川本さんのインタビューでは、「桐朋に通っていた時は、年に2名の成績優秀者がタングルウッド音楽祭に招待する制度があり、川本さんもタングルウッドに推薦され、そこで聞いたヴィオラのトップ奏者の音を聴いて、ヴァイオリンから転向するきっかけになった」そうです。他にも小澤征良さんのメッセージでは、「オペラ演出に触れ合うきっかけは、大学の時に父から(今回の演出家の)ディヴィット・ニースの通訳をしてくれと頼まれたことで、オペラの演出を学んだ」と書かれていました。今後の小澤塾オペラを始めとする小澤さん関連のプロジェクトは小澤征良さんが継承して行くと思われます。


(評価)★★★★  久しぶりにモーツァルトらしいオペラを堪能できました

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演

 



出演
フィオルディリージ:サマンサ・クラーク
ドラベッラ:リハブ・シャイエブ
フェランド:ピエトロ・アダイーニ
グリエルモ:アレッシオ・アルドゥイーニ
デスピーナ:バルバラ・フリットリ
ドン・アルフォンソ:ロッド・ギルフリー


音楽監督:小澤 征爾
指揮:ディエゴ・マテウス(小澤征爾音楽塾首席指揮者)
演出:デイヴィッド・ニース
装置・衣裳:ロバート・パージオーラ
照明:高木正人
管弦楽:小澤征爾音楽塾オーケストラ
合唱:小澤征爾音楽塾合唱団