大学の時のドイツ語クラスの教授から「ワーグナーはドイツ語圏で観なさい!」と言われて、学生の当時は「?」でしたが、日本でのワーグナー上演の物足りなさを感じて、師の教えの通り、「トリスタンとイゾルデ」だけはドイツ(バイロイト、ミュンヘン、ベルリン)とオーストリア(ウィーン)でしか鑑賞してません(2000年のアバド指揮・ベルリンフィルと01年のメータ指揮・バイエルンの来日公演は例外です)。この先生は名門ウィーン大学出身でオペラ好きなのですが、とても厳しい先生で、夏休みの課題は「モーツァルトの『魔笛』を現代的にできるだけ分かりやすく日本語訳せよ」と言う重いものでした。今日は大学のクラスの同級生に半ば強引に誘われて、禁断の新国立劇場での「トリスタンとイゾルデ」(16時開演)に行きました。今日の19時からサントリーホールでのウィーン響のチケットも持っていましたので、(a)新国立劇場のトリスタンが素晴らしければ最後まで鑑賞しウィーン響をキャンセルする、(b)新国立劇場がイマイチの場合は第1幕までとすることにしました。結果は(b)でした。後日、当ブログで日本人によるワーグナー上演の困難性について、検証したいと思います。


今回のトリスタンとイゾルデは当初のキャストから変更になり、ドイツ語圏以外で多く出演している歌手で、不安要素のあるキャスティングです。一方で、マルケ王役のシュヴィングハマーとクルヴェナール役のシリンスはバイロイト組で、こちらの2人の方がキャリア的にはかなり格上です。第1幕からこのバランスの悪いキャスティングが仇となっており、イゾルデ役のキンチャは声が細い上に、ドイツ語の発音も怪しいところがあります。分かりやすいところでは、愛の媚薬を飲んだ後に、イゾルデが「トリスタン!」と歌い上げますが、その発音が聴き取りづらいのです。さらに、ハンガリーを中心に活躍しているトリスタン役のニャリはトリスタンらしい風格でしたが、声量は少し物足りないですし、ニャリが歌うドイツ語の”du”(おまえ)がイタリア語の”tu”(おまえ)に聞こえるくらい不明確なドイツ語でした。この2人は酷いドイツ語の歌い手だと思いました。この2人にブラボーを送る方は、ドイツ語を理解しないで、表面的な音楽だけを楽しんでいることになりますので、宝塚を鑑賞してるのと同じレイヤーなのかもしれません。ドイツ語は藤村さんの方が上手に聴こえましたし、藤村さんの声量はブラゲーネらしくて良かったです。シリンスも重量感があり安定感がありました。下記の記事では↓、「今回の歌手陣が充実していて、前回の劣らぬ素晴らしい舞台になるでしょう」と書いてありますが、これはぴあ仕切りのステマで、本来なら「PR」と記事のところに記載すべきですし、今回の新国立劇場のトリスタンは、何をもって最高の一本と言えるのでしょうか。全く意味がわからないです。


演出はストーリーや背景にかなり忠実で、読み換え演出ではなく、安心して観られるものになっており、フルステージのオペラを観ている価値が見いだせます。この点だけが唯一評価できる点でした。第1幕ではステージの下手側で歌手が歌うことが多いので、来週以降に新国立劇場のトリスタンのチケットを購入される方は真ん中のブロックが取らない場合は、左側のブロックの方が良いでしょう。1階の右側は船首が被ってしまい、歌手が見えにくいと思います。


大野指揮の都響は頑張ってはいると思いますが、ドイツのオケのような重厚さと官能さが弱く、神々しいホルンの響きが弱かったです(ホルンはキズが散見していました)。これで第1幕で帰ることにしました。この後の感想は同級生から聞くことにします。ちなみに、筆者の体験した「トリスタン」で過去1番心に響かなかった指揮と演奏はウェルザー・メスト指揮ウィーン国立歌劇場ですが、ウェルザー・メスト指揮はあっさりとした演奏で、今回はさらにあっさりしていると思います。多くの方が都響の演奏を評価していますが、筆者からするとワーグナーらしいうねりや音の洪水の圧力を感じませんでした。一方で、バレンボイム、ティーレマンさんのようなワーグナー指揮者は次元の違う演奏してくれました。


〈追記〉

上述の同級生によると、第2幕でのマルケ王は迫力があり、演出は素晴らしかったとのことでしたが、トリスタンとイゾルデは褒められなかったとのことでした。やはり、大学の時の師が言うことが正しかったのだと思います。今日のトリスタンは第1幕しか観てないので、評価カウントしないで今回のオペラを鑑賞しなかった扱いにします。この先生は「ばらの騎士もドイツ語圏で観よ」とも言われて、その原則は今でも守っております。


会場で1200円で売られていたプログラムを読みましたが、読み物として興味深いまたは示唆に富むものはなく、行列して買う必要はないと思いました。バレエ公演では吉田都監督の意向で無料のプログラム・ノートが配布されているようですが、この方式で良いと思います。


  • 【トリスタン】ゾルターン・ニャリ
  • 【マルケ王】ヴィルヘルム・シュヴィングハマー
  • 【イゾルデ】リエネ・キンチャ
  • 【クルヴェナール】エギルス・シリンス
  • 【メロート】秋谷直之
  • 【ブランゲーネ】藤村実穂子
  • 【牧童】青地英幸
  • 【舵取り】駒田敏章
  • 【若い船乗りの声】村上公太
  • 【指 揮】大野和士
  • 【演 出】デイヴィッド・マクヴィカー
  • 【合 唱】新国立劇場合唱団
  • 【管弦楽】東京都交響楽団