昨日の夜にウィーンから驚くメールが届きました。

〈これ以降、政治と戦争の話ですので、ご興味ない方はスルーでお願いします〉

5月と6月のウィーンは過ごしやすい天気なので、今年は「ウィーン芸術週間」のクルレンツィス指揮・SWR(南西ドイツ放送交響楽団)によるブリテン「戦争レクイエム」を聴きに行く予定でした。

この曲は戦争の犠牲者を悼むとともに、戦争の不合理や世界平和を願うものです。この芸術週間の主催者も今回の公演で「反戦と国際理解と和解」を目的としており、ギリシャ人のクルレンツィス指揮の「戦争レクイエム」(6/12)に加えて、別会場・別日時でウクライナ人のリーニフ指揮・キーウ交響楽団で「カディッシュ・レクイエム」(6/2)も予定されていました。

ところが、リーニフが同じ芸術週間で、クルレンツィスと同居して演奏するのは難しいと抗議し、主催者の協議の結果、クルレンツィス指揮・SWR響の「戦争レクイエム」は中止となってしまいました。リーニフの主張の背景は(1)クルレンツィスが音楽監督をしていた「ムジカエテルナ」はウクライナ戦争前、経済制裁対象となっているロシアの銀行からサポートを受けていた、(2)クルレンツィスがウクライナ戦争に対する態度を明確にしていないことであるとされてますが、このリーニフの主張には違和感があります。第1に今回のウィーンでの公演は「ムジカエテルナ」ではなく、ドイツの「SWR響」でロシアの銀行と関係ないですし、クルレンツィスがウクライナ戦争中にロシア側から支援を受けていると言う話は聞いたことがありません。第2に現在進行中のウクライナ戦争は国際裁判にかけられているものではなく、現段階ではイスラエル戦争同様に、どちらがどの程度悪いのかは、法的には不明確です。実際、ウクライナ戦争前にドンバス地域ではウクライナ側によるジェノサイドが行われていましたし、マスコミではあまり報道されてませんが、「オデッサの悲劇」では子供を含めて多くの親ロシア派住民が虐殺されています。上記のような背景から、1人のアーティストがこの戦争についてコメントするのは難しい上に、そもそもコメントする義務があるのでしょうか。この公演と同時期に、ウィーン国立歌劇場でグレゴリアン主演の「トゥーランドット」にも行く予定でしたが、今回のクルレンツィス公演の中止で、ウィーン行きを止めることにしました。


アーティストが政治や戦争に巻き込まれることは過去にありましたが、その例として有名なのが、カラヤンでしょう。カラヤンは戦前、知人だったナチス党幹部・ゲーリングの後押しによってベルリン州立歌劇場でのポストを得ました。カラヤンはナチス党員リストに入っていたので、戦後、連合軍のアルター少尉がカラヤンを尋問しました。この後、カラヤンは2年間の公職追放になってしまいますが、アルター少尉は尋問後に、カラヤンのコンサートに行き、「この才能を閉じ込めておいて良いのか。聴衆をこんなに魅了するコンサートを禁じることによって、罰を受けるのは聴衆自身では」と語っており、「カラヤンの過ち」ではなく、「時代の過ち」であるとしています。これは的を得た議論で、今起きている戦争においては「クルレンツィスの過ち」はなく、「為政者の過ち」なのだと思います。

(参考映像: 戦争前後のカラヤンについてのドキュメンタリー番組)


私自身はクルレンツィスは稀有な才能の持ち主ですので、引き続き、彼の公演に行きたいと思います。今年の夏にはザルツブルク音楽祭でクルレンツィス指揮の「ドン・ジョヴァンニ」、バイロイト音楽祭ではリーニフ指揮の「さまよえるオランダ人」がありますが、私は実力面で前者のクルレンツィスの公演に行きたいです。リーニフの今回の抗議には遺憾に思いますし、ウィーン芸術週間の主催者の判断には失望しました。リーニフはあまり実力がないと思いますので、昨年のボローニャ歌劇場来日公演はおすすめリストには入れませんでしたし、実際にあまり良い評判は聞いてません。 


リーニフは音楽家として政治的な発言をする前に、まずはご自身の音楽的な実力を磨かれた方が良いと思います。例えば、今年のバイロイト音楽祭のリーニフ指揮の「オランダ人」の初日のチケット販売状況は空席が多いです↓(2/13時点)。リーニフのファンにとっては最高の席がたくさんあります。ちなみに、「トリスタン」と「タンホイザー」の初日などは既に完売しています。


〈追記〉

今回のリーニフの抗議で彼女やキーウのオーケストラが失ったものを想像すると、クルレンツィスが関係の深いザルツブルク音楽祭に出演し続ける間は、リーニフはザルツブルク音楽祭に出演できないでしょう。冷静に考えると、失ったものの方が大きいのではと思います。この件については、ザルツブルク音楽祭関係者と話してみるつもりです。