都響のチラシで「これは、事件だ!」とかなりの宣伝文句になっていましたが、アダムズの日本の指揮者デビュー公演ですので、楽しみな公演です。この1月は先週の超名演だったソヒエフ(フランス音楽」、今日のアダムズ、今週末のソヒエフ(ロシア音楽)と注目公演が揃ってきています。コンマスは都響のゲストコンマス的な存在になりつつある水谷さん。サントリーホールには開演10分前に到着しましたが、ステージ上では木管セクションとコントラバス陣が音出ししていて、今日のコンサートへの矜持が感じられます。プログラム・ノートは3曲ともにアダムズ本人の解説で、英語版は原文なので、とても参考になりますし、ツッコミどころのない完璧な解説でした(音楽学者の解説は素晴らしいですが、音楽評論家の解説はデタラメなところがあるので、今日の解説は秀逸で読み応えがあります)。また、今日の3曲の初演は、アダムズの深い縁のあるマイケル・ティルソン・トーマス(以下、MTT)の指揮・サンフランシスコ響によるものですが、今日のようになぜ、アダムズ本人が初演しなかったのでしょうか。都響のアダムズによる事前インタビューを参考にしながら、感想を綴りたいと思います。


前半1曲目の「アイ・スティル・ダンス」(日本初演)はMMTの夫で、仕事とプライベートを長年支えているジョシュア・ロビンソンがかつてスウィング・ダンスを踊っていた時に、アダムズがジョシュアに「まだ踊っているの?」と訊ねたら、ジョシュアが「I still dance.」とかえってきたので、この曲をMMTとジョシュアへの贈り物としたそうです。初演を指揮したMMTはこの曲を「スーパー超絶技巧曲」と言っていたようですが、今日の3曲ともに「超絶技巧曲」だったと思います。この曲は和太鼓が使われているのが特徴で、欧米の作曲家が和太鼓を使うのは珍しいと思います。アダムズの指揮はこの曲を特に強調や誇張などをすることなく、楽しそうに指揮していますが、曲全体としてダンス感はあまりなく、ストラヴィンスキーのような激しいバレエ音楽のような感じでした。アダムズの淡々とした指揮は今日の3曲全て同じような指揮スタイルでした。

2曲目の「アブソリュート・ジェスト」はアダムズが何度か改訂をしている曲で、アダムズ曰く「作曲家というものは、つねに作品を改訂するものなんです」と語ってました。この曲はストラヴィンスキーの「プルチネッラ」(古典的なアプローチの曲)の演奏にインスピレーションを受け、さらにアダムズがベートーヴェンの弦楽四重奏曲を好んでいたのて、弦楽四重奏のための協奏曲のようになっています。この曲にはベートーヴェンの弦楽四重奏曲が素材になっており、第9や第4・第8交響曲の動機が埋め込まれていますが、オーケストレーションはストラヴィンスキーのようなアプローチとなっていました。アダムズ本人は「ベートーヴェンの曲を『遺伝子』として使いました」としていますが、この手法は多くの作曲家が作曲・編曲しているとアダムズは話していました。弦楽四重奏を担当するエステ弦楽四重奏団は噂通り、素晴らしいカルテットで、引き締まった演奏をしていました。アダムズがYou Tubeでエスメ弦楽四重奏団の映像を見て、共演したいと思ったらしいです。


後半のハルモニーレーレはドイツ語で「和声論」(Harmony Lesson)と言う意味ですが、40年前に作曲されたもので、アダムズによると「ストラヴィンスキーで言うと『火の鳥』のように演奏回数が多い」らしいです。無調音楽の代表格だったシェーンベルクの音楽に限界を感じたアダムズが調性には音楽の統一感や表現力があると感じていて、この曲を作曲したそうで、「ミニマリストの技法を使いながら、世紀末ロマン派の和声と合わせた」とのことです。アダムズは都響との最初のリハでこの曲を通しで演奏しましたが、その時の出来に感銘し、「都響のメンバーの半分はこの曲をよく勉強していた」と感じたようです。都響メンバーの事前な研究と演奏能力が評価されていますね。この曲は3つの楽章で構成されていますが、シェーンベルク、シベリウス、マーラーの旋律が埋め込まれているようです。《第1部》は掴みどころのないメロディーで映画音楽のように進んでいきます。《アンフォンタスの傷》は哀愁深いトランペットの音が素晴らしく、陰鬱な音楽で、周りの方で寝ている方が増えました。最後の《マイスター・エックハルトとクエッキー》は軽やかで明るい音楽で始まりますが、作曲のテイストとしてはストラヴィンスキーの「春の祭典」のように感じ、ところどころで不協和音がありますが、「和声論」と言うテーマのこの曲は「和声とは何か?」を考えさせる哲学的な音楽のように感じました。本日の公演は都響が「これは、事件だ!」と言うほど、話題性のある内容ではありましたが、音楽としてGoodではあるが、Greatと言えるほど心に刺さるものはありませんでした。私の理解力が弱かったのかもしれませんが、一部の音楽愛好家はスタンディング・オベーションでアダムズを讃えて、オケのメンバーもなかなか立ち上がらないで、アダムズへのカーテンコールが続きました。


(評価)★★★ Goodな音楽だとは思いました

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演

指揮:ジョン・アダムズ
弦楽四重奏:エスメ弦楽四重奏団
東京都交響楽団
曲目
ジョン・アダムズ:
  アイ・スティル・ダンス[日本初演]
  アブソリュート・ジェスト
  ハルモニーレーレ
《アンコール》ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 Op.130より 第2楽章(エスメ弦楽四重奏)