今年最後のコンサートは、ノット指揮・東京交響楽団による第九です。ノット監督の第九は毎年のように聴いてますが、彼の解釈が毎年変わる点とアンコールの「蛍の光」はスコットランド民謡で、英国中部生まれのノット監督による指揮が素晴らしい点が見どころです。ノット監督は前日リハと本番で指揮が異なると言われておりますので、楽団員としては毎回スリルがあって緊張感のある演奏になるのでしょう。シノーポリはドレスデンでの第九のリハーサルで、「私は大学で脳外科を勉強していましたが、人の脳の細胞の数や構造は毎日変わるので、皆さんの今日と明日の第九は違う演奏になるのです」と言ってました。ノット監督もまさに同じで、今日も印象の異なる第九が楽しめました。先日の都響の第九に続いて、今日の東響の第九も満席で、経済学的にはまだまだチケット価格を上げても良いことになってしまいます(第九は本当にドル箱コンサートですね)。


コンマスは小林さん、弦は12-12-8-6-5で、チェロはソリストで東響客演首席の笹沼さんが乗っていて大注目の奏者です。チェロ首席の伊藤さんは降り番ですが、伊藤さんの奥様のフルート・濱崎さんが乗っていているのは珍しいですね。独唱の4人用の席はノット監督の指揮台の前に並んでいます。イスの横にはキャップのついたペットボトルが付帯していましたが、トーマス・ハンプソンが「ザルツブルクのステージでペットボトルを演奏中に開けたら、ペットボトルから”プシュ”と言う音が出てしまったので、それ以来、グラスに入った水をステージに置くことにした」そうです。ノット監督の指揮台は、落下防止のポール棒を外してして、これは彼が270度の広い範囲で指揮するからでしょうか(これは毎年同じです)。


第1楽章は冒頭のトレモロはピリオド奏法風に始まりまり、ノット監督は唸り声を出しながら、アコーギクをつけて進行します。第1主題からティンパニ(Timp)に対して強く音を出すように指示していましたが、その時のノット監督の顔が鬼のような形相です。このTimpの激しい打ち込みによる強烈な音は、社会の分断や混乱など今の世相を反映しているように思えます。旋律としての美しさを求めず、社会の分断を描くような演奏で、この楽章が「ティンパニ協奏曲」と思えるくらいでした。第2楽章もTimpが活躍しますが、ノット監督は弦楽や木管の美しいフレーズでは顔が優しい表情で指揮しますが、Timpが強く叩く箇所では、怒りの表情になり、平和と戦争が共存する世界を表現しているようでした。冒頭から標準的なテンポでしたが、再現部あたりからは、テンポを落としており、今までのノット監督では見られなかった点でした(ノット監督はリハ中に戦争の話をしていたそうです)。第2楽章が終わると、ソリスト4人が指揮台前にスタンバイします。第3楽章は神秘的で美しい楽章ですが、3日前に聴いたギルバート指揮・都響のような美を極めた演奏ではありませんでした。どちらかと言うと、哀愁感や悲壮感が感じられるテイストで、それも今の世相を表しているようにも思えます。ノット監督の指揮はテンポ刻まず、顔と腕で表情付けしていて、オケに歌わせていました。アタッカで第4楽章が始まると、ノット監督は再度、鬼の形相でTimpと強烈な不協和音の木管に指示を出し、第1楽章からの回想に繋がります。この後のチェロのレスタティーヴォでチェロの笹沼さんがスコアを見ずに演奏するところが素晴らしかったです。歓喜の旋律が出てくると、ノット監督は幸せそうな顔で指揮をします。ここで、本当の歓喜が感じられるように設計されているようです。ノット監督は幸福感満載の歓喜のフレーズを美しく指揮します。バリトンのソロは会場に優しく語りかけるように少し抑えめの歌唱で、先日のN響第九のように無理して声を張るよりは良いと思いました。テノールのソロ歌唱も同じアプローチで、ここの采配は秀逸です。3日前の都響第九のロビンソンの巨体による圧倒的な歌唱は日本人にはなかなか困難であると思います。今日の独唱4人は特に個性を出さずに卒なく歌っている感じでした(と言うより、筆者はノット監督の指揮と顔芸の変化ばかりを追ってました)。合唱の東響コーラスはPブロックに7人の補助席が出ているほどの大所帯で、うまくまとまっていました。特に合唱のフーガでは、ソプラノパートによる” der ganzen Welt!”が耳に突き刺さるような高音で驚きました。第4楽章のクライマックスは例年よりもテンポが遅めで、幸福感をたっぷり共有するための表現のように感じました。


アンコールは東響・第九でお馴染みの「蛍の光」ですが、合唱団がLEDのペンライトを持ちながら歌い、最後はノット監督のみに照明が当てられ終わります。観客の方もLEDライトを出したり、泣きながら聴かれている方もいたりと、蛍の光も深い曲であります。この曲はスコットランドでは準国歌扱いとなっていて、今でも結婚式や誕生日などのお祝い事で歌われるそうです。ノット監督が明るい顔で指揮されるのは、このような背景があるからでしょう。


やはり、ノット監督は只者ではない指揮者で、今年の第九もかなり楽しめました。来年もどんな第九になるか楽しみです。これで今年のコンサートは終わりで、明日以降に、今年の総括とベスト公演ランキングを書きたいと思います。



(評価)★★★★ ノット監督の第九は毎年楽しめます!

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演


出演
指揮:ジョナサン・ノット
ソプラノ:三宅理恵
メゾソプラノ:金子美香
テノール:小堀勇介
バリトン:与那城敬
合唱:東響コーラス
東京交響楽団
曲目
ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 Op. 125 「合唱付」
《アンコール》
蛍の光(AULD LANG SYNE)