今日はN響の第2000回記念の定期演奏会で、「一千人の交響曲」を聴きにNHKホールへ行きました。この時期のNHKホールの周りはイルミネーション、代々木体育館のコンサートなどで、タクシーでホールにアクセスするのが大変でした。一千人の交響曲はマーラーが「宇宙が震え鳴り響くように」「もはや人間の声ではなく、惑星や太陽のそれなのです」と異次元の作品であることを表現しましたが、定期演奏会の第2000回に相応しい、交響曲としては最大規模の圧巻の編成です。オーケストラメンバーだけでも120名で、今週月曜日からリハをしていました(通常の定期演奏会のリハは2日間です)。今回はオケのリハに加えて、独唱・合唱・児童合唱が加わり、前日(金曜)のNHKホールでのホールリハまでしております(例えば、サントリー定期では前日のホールリハはできません)。一千人の交響曲は、指揮者・オケ・歌手・合唱のレベルが高くないと難しい曲で(前半がラテン語、後半がドイツ語)、さらにこの曲はコロナ禍で演奏が難しく、前回聴いたのは、2019年5月にウィーンのコンツェルトハウスで、ウェルザー=メスト指揮、ウィーン・フィルで豪華な歌手陣に加えて、児童合唱はウィーン少年合唱団と言うウィーンが誇る最強の布陣でした。

2019年5月のウィーン・フィルの一千人の交響曲


こちらは↓は、その時のウィーン・フィルの一千人交響曲の映像です。


この時の一千人の交響曲はウェルザー=メストが淡々と流麗に指揮をしましたが、大きな感動はありませんでした。今日の一千人の交響曲は、力の入ったリハに加えて、歌手陣も魅力的です。2016年のパーヴォ指揮のN響の一千人の交響曲に出演した名テノール歌手・シャーデに加えて、ティーレマンの『マイスタージンガー』で聴いたことのあるソプラノのワーグナー、昨年の9月のN響・ヴェルレクで圧倒的な歌唱力を発揮したアルトのペトロヴァ、今年の4月のベルリン州立歌劇場の『ばらの騎士』に出演していたバスのシュテフェンスは聴いたことがありますが、他の歌手は聴いたことがありません(今回の歌手陣が来週のN響の第九に出てくれれば、もっと良かったと思います)。一千人の交響曲は何度も聴いたことがありましたが、筆者の個人的な経験では圧倒的に感動する演奏を聴いたことがありません。今回の特別な定期演奏会で、記憶に残る名演になるのか、かなり期待が高まりました。今日の定期演奏会はNHKホール公演として珍しく早い段階で両日完売したため、明日の公演のチケットも確保しておくべきと後悔しておりました。


第1部ではルイージは軽快なスピードで演奏をスタートしますが、今日は全体的に早いスピードで展開されました。第1ソプラノのワーグナーの冒頭は調子がイマイチでしたが、時間の経過と共に良くなってきました。アルトのペトロヴァは昨年同様に絶好調で、声が良く通っていました。テノールのシャーデは今日は一貫して声がクリアに聞こえてきませんでした。筆者が1階席だったからかもしれませんが、シャーデの声の衰えかと思いました。ルイージは手際の良い捌きで、劇的なところで激しくあおりながら、うまく全体をコントロールしていて、第1部のコーダでは弦楽セクションの奏者の身体が波立つように動き出し、2階R側のバンダのトランペットは首席の菊本さんを配置するほどのこだわりでした。昨年のヴェルレクでも感じましたが、ルイージのソロ歌唱と合唱が入った曲の扱いはうまいです(今後、ルイージによる第九公演も期待できます)。


第2部の冒頭のオケの演奏は、美しい自然の情景を描きながら始まりました。「法悦の教父」ではバリトンのストリフがドスの効いた渋い歌唱で良い声をしていました。続けて「瞑想の教父」はバスのシュテフェンスも素晴らしい歌声でしたが、弦セクションのアンサンブルの乱れが少しありました。「マリア崇拝の博士」でのテノールのシャーデはここでも声がクリアに聴こえてきません。今日のシャーデはところどころ、高音域の声がひっくりかえっていまして、名歌手の面影がありませんでした(体調が悪かったのでしょうか)。この後の合唱に入るまでの弦楽セクションとハーブの演奏はとても美しいシーンでした。「罪深い女」の第1ソプラノのワーグナーは安定感のある歌唱で、「サマリアの女」での第1アルトのペトロヴァは今日のナンバー1の秀逸な歌唱で、存在感も抜群でした。音響環境の良くないNHKホールでも響かせるペトロヴァの実力は素晴らしいです。ペトロヴァは2025年5月のルイージ指揮・N響のコンセルトヘボウ公演(マーラー・フェスティバル)でのマーラー3番にも出演予定で、ルイージからかなり信頼されているようです。一方で「懺悔の女」などを歌っていた第2ソプラノのファルカッシュはほとんど声が聴こえず、オケや合唱で声が埋もれてました。最後のパートの「神秘の合唱」は今日の白眉の部分で、コーダではソロ歌唱、オルガン、2階のバンダが加わり、圧巻のクライマックスでした。やや汚い声質のフライイングのブラボーから喝采が始まりましたが、カーテンコール中のルイージはかなり疲れていた様子でした(あれほど疲れているルイージは見たことないです)。

この交響曲は大規模な編成で圧倒的な音楽なのですが、他のマーラーの交響曲に比べて、心に刺さるところが少なく、いつも、あまり感動度合いが低いです。宗教的な交響曲(あるいは巨大なオラトリオ)に近いですが、美しい旋律はあるものの、表層的な音楽で、思い出の記憶に残らないことが多いです。パーヴォ指揮・N響の「巨人」と「復活」の超名演は記憶に深く刻まれていますが、一千人の時の印象はほとんどないです。今日の2000回記念の定期演奏会も、ステージ上からの迫力はありましたが、感動度合いはあまり高くありませんでした。一千人の交響曲はファンの皆様の投票で決まったことではありますが、僭越ながら、他の候補の曲の方が良かったかもしれません。1000回記念の時はサヴァリッシュのお気に入りの曲でしたが、今回もルイージに選曲は一任してするべきだと感じました。


ご参考までにですが、近年で最も大規模の「一千人」は2012年のドゥダメル指揮によるもので、前代未聞の1400人が舞台に上がっていて、見てるだけでも圧巻なんですが、これも感動度合いは高くないんです。この公演はマーラー没後100年を記念したコンサートです。


(評価)★★★★ 2000回目の定期演奏会の気合いは感じられました

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演

指揮 : ファビオ・ルイージ

ソプラノ : ジャクリン・ワーグナー※
ソプラノ : ヴァレンティーナ・ファルカシュ
ソプラノ : 三宅理恵
アルト : オレシア・ペトロヴァ
アルト : カトリオーナ・モリソン
テノール : ミヒャエル・シャーデ
バリトン : ルーク・ストリフ
バス : ダーヴィッド・シュテフェンス
合唱 : 新国立劇場合唱団
児童合唱 : NHK東京児童合唱団

※当初出演予定のエレーナ・スティッキーナ(ソプラノ)から変更。

曲目
マーラー/交響曲 第8番 変ホ長調 「一千人の交響曲」(ファン投票選出曲)