先月のウィーン・フィル、ゲヴァント管、ベルリン・フィル、NDRを10日間連続で鑑賞して以来の久しぶりのコンサートです。今月は残りのコンサートは5回となり、カウントダウンが始まりますが、その1回目に相応しいツィメルマンによるピアノ・リサイタルです。ツィメルマンはこの来日期間中に67歳(12/5が誕生日でこの日はリサイタルは無し)になりましたが、前回の来日公演(2021年)では哲学者的な風貌で、深い思考のアプローチでした。カラヤンやバーンスタイン時代では、今のトリフォノフのような芸風でしたが、いまや哲学者のような感じで、あまり派手なことはせず、じっくり深い思考の演奏を聴かせてくれます。前回の来日公演は1ヶ月間かけて10公演でしたが、この時のバッハとブラームスは重みと深みがあった名演だった記憶してます。今回は11/4から12/16の1ヶ月半もかけて10公演を日本で演奏します。通常、忙しい著名ピアニストで、これほどゆったりとしたスケジュールを組むことはないですが、ツィメルマンが親日家で、日本に家があるので、ホテル代がかからないため、日本で旅行などを楽しみながら、リサイタルをこなしているのでしょう。来日回数が多く親日家のアーティストはホテルに泊まらない方が何人かいます。例えば、ブロムシュテット翁は毎年、日本に1か月滞在していましたが、代官山・恵比寿あたりのお屋敷みたいな館で滞在していたはずです。


今日のリサイタルですが、チケット販売後に曲目が発表され、公演の1か月前に曲目が発表されるシステムで、福袋のような感じです。今回は福袋としては、当たりの部類になるでしょう。前半はポーランド生まれでショパコン優勝者のツィメルマンによるショパンを久しぶりにたっぷり堪能できます。後半のシマノフスキも同じくポーランド出身で、ポーランド民謡がテーマになっています。後半のドビュッシーは選曲理由がよく分からないですが、今、ツィメルマンが1番披露したい曲目なのでしょう。そのため、今日は補助席も埋まっているほど満席で、女性のファンの方を多く見かけます。観客側からのかなりの期待が溢れていますが、今日のツィメルマンは結論を言うと、やや微妙でした。


前半のショパンの「ノクターン」は有名過ぎる曲ですが、筆者でも暗譜で弾けるレベルの曲なのに、ショパンコンクール覇者のツィメルマンがまさかの楽譜を見ながらの演奏でした。今日は全ての曲で楽譜を見ながらの演奏で、譜面めくりも自分で行っていて、かなり異例だと感じました。ツィメルマンは時々、咳をしていましたが、体調がイマイチだったのでしょうか。ノクターンの演奏はツィメルマンらしい自由なアプローチではありますが、途中、ミスが見られ、今日の他の曲目でもミスタッチが目立ちました。ノクターンは青春の時からの思い出の曲で、BGMとして気楽に聴けますが、ピアノの先生に怒られたことを回想しながら、聴いてしまうことになります。「葬送」ソナタは、第1楽章から第2楽章はかなり快速で飛ばしますが、ここでも分かりやすいミスが目立ってしまったのが残念です。第3楽章はソフトとハードの両方のピアニズムで、貫禄のある演奏でした。第4楽章の難曲も難なくこなす、ヴィルトゥオーゾを感じる圧倒的なフィナーレでした。


後半のドビュッシーの「版画」は初めて聴くピアノ曲集で、印象派らしい作風で、1曲目はジャワ、2曲目はスペインのグラナダをテーマにしていて異国情緒を感じますが、どちらもドビュッシーが訪問したことのない場所をイメージして作曲されています。第3曲の雨のテーマも印象派的な描写で、快速に進む演奏に聴き応えがありました。後半の最後のシマノフスキはポーランド民謡をテーマにしている10の変奏曲から構成されていますが、民謡感は感じられない曲です。筆者のクラシック音楽友人でシマノフスキ好きは一定数いますが、シマノフスキがやや苦手なため、この曲も旋律は追いにくく、聴き応えがあまりなかったです。これは筆者の理解不足なのだと思いますが、ツィメルマンはこの超絶技巧を要する曲を軽々とこなしながら、時に足音を立てながら気合いの入った演奏ではありましたが、この曲でも少しミスが見られました。最後の変奏曲のラストでは、オーケストラ演奏のようなピアノの叩きで、大きな動きで弾き終わり、今日の最高潮の盛り上がりでした。


ツィメルマンは、アンコール好きのキーシンとは異なり、アンコールをしない方ですが、今日は2曲のアンコールを演奏し、最後の演奏の終わりかけでは、「もう、寝ますよ!」と言うジェスチャーで会場を沸かせ、終了しました。カーテンコールで出入りする際と、ツィメルマンは咳き込んでいたので、今日は少し体調が悪かったのでしょうか。次回の来日公演も何を演奏するか楽しみです。


(評価)★★★ ツィメルマンのピアニズムは堪能できましたが、完璧な状態ではありませんでした

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演


ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン
曲目
ショパン:
   ノクターン第2番 変ホ長調 Op. 9-2
   ノクターン第5番 嬰へ長調 Op. 15-2
   ノクターン第16番 変ホ長調 Op. 55-2
   ノクターン第18番 ホ長調 Op. 62-2
   ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 「葬送」 Op. 35
ドビュッシー:版画
シマノフスキ:ポーランド民謡の主題による変奏曲 Op. 10
《アンコール》
ラフマニノフ:13の前奏曲 Op. 32-12
ラフマニノフ:10の前奏曲 Op. 23-4