今日から個人的には「秋の海外オーケストラ来日シリーズ」の始まりで、これから1ヶ月半の間で合計15公演の海外オケを東京で鑑賞する予定です(イスラエル・フィルが来日できると良いですが、かなり厳しそうです)。昨日の東響定期とは異なり、どの公演も有名曲ばかり取り上げていて、例外はベルリン・フィルのレーガーとベルクくらいでしょうか。その初日がパーヴォ指揮・トーンハレ管で、スタートに相応しく、先週までの韓国ツアーではスタンディング・オベーションだったそうで、かなり期待できます。


1曲目のベートーヴェンから「ブラボー!」と言いたくなる筋肉質で引き締まった演奏でした。いつも冷静に指揮をするパーヴォが最初の序曲から足音をたてながら、オケを煽りますが、それに応えているトーンハレが素晴らしいです。明後日の運命は超名演になる予感がします。


2曲目はショパン・コンクール2021の優勝者、ブルース・リウによるショパコン1番です。彼の実演は優勝直後の2021年11月・東京オペラシティでのリサイタルで始めて聴きましたが、その演奏の迫力は記憶にあり、リウの手の大きさはかなり大きかった記憶があります。

リウはいつものFAZIOLIで演奏しますが、端正で輪郭のはっきりした音を出していました。演奏自体は完成されて綺麗なのですが、今日の演奏はあまり感動はしませんでした。第2楽章の緩徐楽章では男性が弾いているのか、女性が弾いているのか、分からないくらい繊細で美しい旋律だったのが今日の白眉でした。しかし、第3楽章ではあまり暴れることも、遊ぶこともなく、少しつまらない演奏でした。ラスト部分でリウの演奏が終わった瞬間に、会場中からフライング拍手が起こり始めて、オケの演奏が終わります。オケの演奏も終わってないし、パーヴォの指揮棒も動いているのに、拍手する習慣はこれはショパン・コンクールでの会場を再現するものなのでしょうか。少し満足度の低い中、休憩時間はブラームス1番に備えて、「響」を口直しとして飲みました。


後半のブラームスはここ最近で聴いた中で絶品の演奏でした(昨年のティーレマンさんの濃厚で独特のパウゼのあるブラ1とは全く異なるアプローチです)。第1楽章冒頭のティンパニの叩き方から一味違う鋭い音で、その後、パーヴォはアコーギクを多用しながら、オケをグイグイ引っ張っていきます。パーヴォとN響との演奏会ではスコアを見ながらの指揮が多かったですが、今日のブラームスはパーヴォにしては珍しく、暗譜で指揮します。それだけ気合いが入っていて、パーヴォは第1楽章から第2楽章にかけてアタッカで続けたかったようでしたが、空気の読めない観客が咳をし始めたので、少し指揮棒を下ろしますが、第2楽章から最終楽章まではアタッカで、猛烈な緊張感を維持しながら指揮しました。第2楽章後にも観客からの咳はあったのですが、パーヴォはそれを無視してアタッカで突進しました。パーヴォとしてはアドレナリン全開で、この曲を指揮したかったのでしょう。パーヴォの興奮した指揮を久しぶりに見ましたが(記憶に新しいのはN響首席就任決定直後のマラ1です)、今日は対向配置の2ndヴァイオリンの譜面台を指揮棒で叩いてしまうくらい大振りなのが印象的でした。N響首席時代に見たことのないパーヴォの指揮ぶりです。最終楽章の冒頭のホルンはとても美しく安定感があり、このオケの演奏能力の高さを実感しました。この楽章でもパーヴォは足音を立ててオケ煽ったり、ジャズを聴いているかのようなアコーギクや高速回転の演奏部分が随所にあり、なかなか聴けない絶品のブラームスでした。来月はウィーン・フィル(ソヒエフ指揮)とNDRエルプフィル(ギルバート指揮)のブラームス1番がありますが、今日のブラームスが圧勝となるでしょう!これだけ凄いブラームスを聴きますと、今回のトーンハレ来日公演はブラームス・チクルスをやって欲しかったですが、興行上、ショパン・ファンのためのソリストと曲目がないと厳しいのでしょうか。今日のパーヴォを聴きながら、もしかしたら、ベルリン・フィルの首席指揮者はペトレンコよりもパーヴォの方が良かったのではと思ってしまうくらいでした。ブラームスのアンコールもパーヴォは手を抜かず、楽しみながら指揮をしていました。アンコールが終わった直後に多くの女性が走って退場していたのは、リウのサイン会に並ぶためのようです。今日はあまり見たことのない光景がありましたが、海外オーケストラシリーズの初日にふさわしい素晴らしい公演でした。


(評価)★★★★ ショパンが無ければ、満点だった思います

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演

出演
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ピアノ:ブルース・リウ
チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団
曲目
ベートーヴェン:『献堂式』序曲 Op. 124
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 Op. 11
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調 Op. 68
《アンコール》
ショパン:子犬のワルツ(ブルース・リウ)

ブラームス:ハンガリー舞曲第5番