「音楽の友」2月号は恒例のコンサート・ベストテン2022特集ですが、今回はかなりツッコミどころ満載のランキングだと思いました。経済系の大学院まで統計学を学んだ筆者からすると、これほど雑なアンケート集計は参考にならないでしょう。世の中には参考にならないアンケートによるランキングが沢山あります。例えば「住みたい街」や「住みたい23区」の1位に「横浜」と「世田谷区」がランクされますが、この結果は嘘とは言えないですが、集計の仕方を見ると「不動産サイトで検索された回数による」と書いてあり、命題に対して有効な統計データではありません。つまり、この方法ですと、人口が多く面積の広い「横浜」や「世田谷区」が1位になるのは当然で、本質的に「本当に住みたい街」かどうかは異なると思います。


音楽の友のコンサート・ベストテンのランキングのおかしさは、色々とあります。まず、第1位に「ラトル指揮・ロンドン響」とありますが、これは東京・川崎の4公演のトータル数字で、2位のノット指揮・東響「サロメ」は東京・川崎の2公演しかないので、実質1位は東響「サロメ」ではないでしょうか! 獲得得点も1位のロンドンと2位の東響は1点差なので、明らかに1位は「サロメ」だと思います。また外来オーケストラは特定のプログラムを対象とせず、来日公演全体をカウントしているので、1-2公演しかない日本のオケ公演は不利になります。その意味では公演数や座席数が少ないのに、ランクインしている公演は優れていると言うことでしょう。公演数と座席数の不公平性を是正する統計処理は簡単にできるんですが。個人的には、首席就任記念として気合いが入っていたルイージ指揮N響のヴェルディ・レクイエムが入ってないのが不思議ですし、ブロムシュッテット指揮N響のマラ9は、バブル的な人気のマケラの公演より上位に行くべきだと思います。

第2に、公演回数問題に加えて、音楽評論家・ジャーナリストへの招待券枚数が上位ランキングとの相関関係はあるでしょう。例えば、新国立劇場のオペラが3つランクインしてますが、これらは新制作で新国立劇場のゲネプロなどに多くの音楽評論家が招待されてることも影響していると思います。新国立劇場で言うと、22年の公演はどれもイマイチで、歌手はスター歌手が揃っているわけではありません。20/21の新国立劇場の「アルマゲドンの夢」「トスカ」「カルメン」は演出、歌手などの面で世界レベルの公演でしたが、昨年は全く評価できるものがありませんでした。また、音楽評論家に大量に招待券を出してる主催者(どこの会社とは言えないです)の公演がランキングに入ってますが、これも音楽評価家が実名で評価するので忖度が入り、このランキングの誤謬の一つでしょう。ランキングに入ってる公演の一部は一般販売席がかなり余っていたので、招待券をばら撒いた公演はありますね。N響は協賛企業への招待券を出してますが、音楽評論家にはあまり出していないと思われます。

第3のアンケートとしての落ち度は、この号が1/18発売のため、12月のティーレマン指揮シュターツカペレやパーヴォ指揮ドイツ・カンマー菅が対象外となってますので、このランキングやるなら、3月号でやるべきです。

最後に、音楽評論家さんの記憶の印象が薄くなるのか、3月から5月の公演がランキングに上がりにくいです。例えば、8月沖澤指揮の「フィガロ」と10月チョン・ミュンフン指揮の「ファルスタッフ」が4位はおかしいでしょう。沖澤のフィガロは8月の閑散期なので、夏のヨーロッパの音楽祭などに行けない日本の音楽評論家が分散せず、この公演に注目したからなのかもしれませんが、19位の春祭のヤノフスキ指揮「ローエングリン」の方が明らかにクオリティ高かったと思います。これは公演回数問題もあったと思います。3月のムーティ指揮の春祭はランキング外、5月のヤノフスキ指揮・N響(シューベルト第8番)は壮絶な演奏だも思ってますが、これもランキング外なのは疑問です。


それから、海外在住の音楽評論家のランキングもありますが、ベルリン編でスター歌手が勢揃いのベルリン州立歌劇場の新制作「リング」(ティーレマン指揮)が入ってないので、これもランキングとしての信用度は下がりますね。ベルリンに住んでるなら、このリングは必見でしょう。


ということで、今回の音楽の友のランキングにはガッカリでしたし、この雑誌の未来を憂います。「雑誌の人気度は、雑誌の中の広告の量に比例する」(=雑誌の収入は、購読料よりも広告収入が中心です)と言われてますが、音楽の友の中面には広告が少なく、この点で「ぶらあぼ」の方が広告も多く、編集面でも優れてきていると思います。「ぶらあぼ」はデジタル化も進んでいて、過去のアーカイブもスムーズに読めるので、メディアとしての将来性は「ぶらあぼ」に軍配が上がります。「ぶらあぼ」の海外公演情報の詳細性・正確性には頭が上がりません!


実際はぶっちぎりの1位だと思われる東響の「サロメ」*グリゴリアンが8割以上の貢献度合いだったと思います(22年11月)