今回の上海行きは今までとは大きく異なっていた。何故なら単に仕事と彼女に会うだけではなく、彼女の両親に会って二人の結婚を了承して貰わなければならないからだ。


私はいつになく緊張した面持ちで浦东空港の到着ロビーへと向かい、そこに待つ美しい彼女の姿を確認すると大きく安堵したのである。


何故ならこれほど素敵な女性が夢幻では無く現実に私を必要としてくれていて、これから二人で彼女の故郷にいる両親に挨拶に行くのだから。


空港を出た私達は上海駅へと向かい、そこで無錫行きの夜汽車に乗って彼女の両親の待つ彼女の故郷へと向かったのだ。


列車の長旅は全く退屈する事は無かった。私の隣には愛しい彼女が居てくれる。無錫に着いて彼女の両親に会う事は不安だったが、彼女がそばにいてくれたら全ての不安が吹き飛ぶ様な気がしてくる。


私の隣に座っている彼女は少し疲れたのか私の肩にもたれ掛かって美しい寝顔で眠っている。


私は彼女が眠ってしまいあまりに退屈だったので他の乗客を観察する事にした。するとあまり美味しそうではない駅弁を食べている人や、私達の斜め前に座って自分で持ち込んだであろうケンタッキーをバーレルごと抱えて食べているカップルが目に入ってきた。


カップルの男の方があまりに美味しそうに食べているものだから、私はついつい我慢出来ずに「你吃的肯德基好吃吗(ケンタッキー美味しいかい?)」と尋ねると、一瞬戸惑った様な表情を浮かべていたが直ぐに人懐っこい笑顔で「好吃!(美味しいぜ)」と答えてくれたのである。


「無錫に着いたらケンタッキーをお腹いっぱい食べさせてあげるから今は我慢して下さい」


そんなたわいのないやりとりで目覚めたのか、隣で僕の肩にもたれ掛かって眠っていた筈の彼女が笑みを浮かべながら僕にそう囁いた。


それから僕と彼女は無錫に着くまでずっと肩寄せ合い、こうやって一緒に居る事の出来る幸せを噛み締めていたのであった。


ただ無錫駅まであと少しと近づいて来たそんな時、彼女の横顔を何気なく目にしたら今まで見せた事の無い不安そうな表情を浮かべていたのである。


私は彼女の表情が酷く気になって「怎么了?

(どうしたの?)」と訊くと彼女はいつもの優しい穏やかな表情に戻って「没有啊(なんでもないわ)」と答えてくれたのだけど、それが逆に僕を不安にさせた。


そうこうしているうちに二人を乗せた夜行列車は無錫駅へと到着したのであった。