80年代、僕がロックを聴き始めてから新人としてデビューして好きになったバンドがザ・スミス。きっと多分そんなバンドは彼らが最後。それ以降出て来たバンドを好きになる事は二度となかった。


ザ・スミスの音楽を聴く時僕はモリッシーの、時に悪意に満ち溢れた歌詞をそれ程重要視してはいなかった。そんな聴き方ではザ・スミスというバンドの本来の魅力の半分も理解出来ていないのかもしれないけど、僕はずっとそんな聴き方しかして来なかったし、今でもそれで良いと思っている。


いまだに正確な解散理由は語られていないけど、バンドのギタリストであり音楽的中心人物であったジョニー・マーがモリッシーから離れてバンドは解散したんだけど、やはりノンケのマーがゲイのモリッシーに言い寄られてウンザリしたのが理由なのだろうか。


いずれにしてもザ・スミスは解散して、それ以降有り余る才能の持ち主であるジョニー・マーは不思議な事に自身のバンドを作る事もなく目立った活動をしなかったが、モリッシーは直ぐに行動を起こした記憶がある。


他人のバンドでギターを弾くマーには興味が湧かなかったけど、モリッシーのソロアルバムはリリースと同時に購入。そこで聴かれる音楽は敢えて悪く言えばジョニー・マー抜きの気の抜けたザ・スミスというか、ジョニー・マーの曲をなぞっただけの極めてザ・スミスに似た音楽だった。でも僕にとっては素直に良いアルバムだと感じた。モリッシーの初ソロアルバムの出来としては上々だった。


それからシングルを日本独自で編集したミニアルバムも数枚リリースしたモリッシー。これらの作品も決して悪くは無い。そこには当然の如くジョニー・マーが不在だけど、ザ・スミスファンの溜飲を下げるに十分な出来栄えだったと思う。


だけど何故だか僕はそれ以降のモリッシーの作品を追う事をやめにした。ファーストソロやその他の編集盤にも不満が無かったのに。


ソロになってからのモリッシーに失望した訳でも無いのに僕はモリッシーに興味が無くなった。


多分あの頃僕はこう感じたんだ。

きっと今後もモリッシーはザ・スミスファンを納得させるアルバムを出し続けてくれるだろう。だけどそれらの作品はどれもこれも肝腎要のジョニー・マーの存在しない、ジョニー・マーを真似た極めてザ・スミスによく似たまがいものなんだと。