その夜、僕はCちゃんのアパートで風呂に入った。毎日Cちゃんが裸になって体や髪の毛を洗っているその神聖なる空間で、よりにもよって僕みたいな男が。


僕は只々幸せだった。いや幸せだった事すら感じていなかったのかもしれない。だってあれだけ好きだった、ずっと好きだったCちゃんのアパートの風呂に入るなんて想像も出来なかったから。


最も近い表現をすれば、ずっと宙に浮いている様な不思議な感覚だった気がする。実際髪の毛を洗っているのか、体を洗ったのかさえも覚えていない。


ただ人生でこんな幸せな時間は無いと思えるくらい心が充足感に満たされながら、湯船に浸かっていた気がする。


それからCちゃんはドア越しから「洗面所の横にバスタオルを置いておくね」と言ってくれた。それで僕は「ありがとう」と言ったと思う。


僕が風呂から上がるとCちゃんは自分のドレッサーに案内してくれて、ドライヤーで濡れた髪を乾かす様に言ってくれた。


僕が鏡に向かって髪を乾かしていると、Cちゃんは「私、風呂に入るね」と少し恥ずかしそうにしながら浴室に消えて行った。


僕が髪を乾かしているドレッサーの場所から、Cちゃんが今入ってる浴室までほんの数メートルの距離で、僕が左横を向いたらきっとCちゃんの裸のシルエットが見えていたと思う。


でも僕は敢えてそっち側を見ない様にしたんだ。きっと男だったらそんな筈がある訳がないと思うかもしれないけど、僕は神に誓って言うけどずっと正面の鏡だけを見つめていた。そこにはこんなに幸せそうな自分を見た事がないくらいの表情をした自分が映っていた。


髪を乾かし終えてドライヤーを止めると、つけっぱなしのテレビからスティーヴィー・ワンダーの曲が聴こえて来た。