放課後、僕は友人の誘いも断って酷く早歩きで、ある場所に向かっていた。昨夜Cちゃんと待ち合わせをしたMという喫茶店へ行く為に。


喫茶店の前まで来ると少しばかり立ち止まってから、深呼吸をしてドアを開けて中に入ると、喫茶店の如何にもマスターらしい口髭を蓄えた中年に「E君だね、どうぞ二階に上がって」と優しい笑顔でそう言われた。


きっとCちゃんは喫茶店のマスターに僕が来る事を伝えていたのだろう。

僕は少しドギマギしながらお辞儀をして、すぐに階段を上がると、向かって左手にある二人用の席に腰掛けた。その日二階には他にお客は誰もいなかった。


Cちゃんが来るまで僕は一人ポツンと何気なくテーブルを眺めると、スペースインベーダーゲームのインベーダーがちょこまかと動いていた。放課後友人とゲームセンターでよく遊ぶゲームの一つだ。




クラスが別々になり、校内でもそれ程見かけなくなったCちゃんと久しぶりに出会えると思うと、凄く嬉しい反面正直酷く緊張している自分がいた。


挙動不審な状態でテーブルに座っていると、Cちゃんはいきなり階段を上がって僕のいる二階にやって来た。


Cちゃんが喫茶店の二階に上がって来た瞬間、その場の空間の景色が一瞬のうちに変わっていくのが僕にはハッキリと分かった。Cちゃんを初めて見つけた一年生のあの日も、僕はそんな風に感じたんだよね。


今僕の目の前にいるCちゃんは、毎日長電話をしていたあの頃のCちゃんより更に髪が伸びて、より一層美しい女の子になっていたから、そんな素敵なCちゃんを目のあたりにして、僕は自分が動揺している事を悟られない様に、咄嗟に視線をCちゃんから逸らしたんだ。


そんな事も知らないCちゃんは、僕の方を見ながら赤いマフラーを取って、学校指定のブルーのコートを脱いでセーラー服姿になると、「久しぶりだね」と言って優しく微笑んでくれたのに、僕は頷くのが精一杯だった。


それからCちゃんは僕の目の前に座ってニコニコしながら僕の方を見つめていた。


僕はCちゃんをあまり見ないでテーブルのスペースインベーダーを見てるふりをしながら、取り止めのない会話をしていたんだと思う。


二人の時間がゆっくりと過ぎてゆき、僕はCちゃんの美しさに少し慣れた頃、最も知りたい事をCちゃんに訊いたんだと思う。


だって僕は心の底から知りたかったから。Cちゃんが僕の事をどう思っているのかを。この世界で僕にとってただそれだけが分かれば、他の事なんかどうでも良かった。




しばらく下を向いて考え込んでいたCちゃんが僕に言った言葉は、「オフコースの「心は気紛れ」を聴いて欲しい。それが私の答えだから」


それからCちゃんは久しぶりに会ったんだからもっと楽しい話をしようよって言って来たけど、僕はオフコースのその曲の歌詞が思い出せないで、Cちゃんを目の前にしているにも関わらず、それが気になってCちゃんが楽しそうに話していたのを上の空で聞いていたんだと思う。




世間ではクリスマスが近づいていたそんなある日の出来事だった。