2008年11月4日は、アメリカが新たな一歩を踏み出した日でした。
ケニア出身の黒人の父と、米カンザス州出身の白人の母を持つ、民主党のバラク・オバマ上院議員が、共和党のジョン・マケイン候補を大差で破り、第44代大統領になることが決まりました。
黒人初、そして47歳という若さで大統領の座を手にしたオバマ氏。黒人大統領の誕生がいかに歴史的なことか、そしてオバマ氏は、アメリカ国民に何をもたらしたのかを、ダイバーシティの観点を踏まえて、考えてみます。
■政界・学界・経済界で活躍している黒人は少ない
まずアメリカの人口構成を見ると、最も多いのが白人で66.0%。次いでがヒスパニックの15.1%。黒人は3番目で13.5%、それ以外ではアジア系が5.0%等となっています。
それでは各分野での黒人の割合はどうなっているのでしょうか。
まずは政界です。今回の選挙前の政治勢力では、黒人は、連邦下院議員は40人で9%、上院議員は100人のうち1%、オバマ氏のみでした。アメリカの50州のうち黒人知事はマサチューセッツ州のパトリック氏1名。閣僚もライス国務長官1名しかいません。
次は学界です。オバマ氏も学んだロースクールの学生のうち、黒人は10%。オバマ氏が入学した約20年前から1ポイントの上昇にとどまり、アメリカ全人口に占める割合には、届いていません。
経済界でも、大手企業の経営者は少なく、失業率は白人の2倍以上です。またビジネススクールの黒人も、全体の6-7%にとどまっています。
■人種差別はなくなっていない
それではどうして黒人は政界や学界への進出が遅れているのでしょうか。
背景にはやはり人種差別があります。
中米からの移民を両親に持つ、23歳のシンプキンス氏は、「母から『黒人は人の2倍勉強しないと白人と同等に評価されない』とよく言われた」と振り返っています。
また、身近な黒人の中にロールモデルを持ちづらいことも、黒人の地位の向上を遅らせているようです。ビジネスキャリア形成を支援する非営利団体創設者のライス氏は、「差別を受けた黒人社会では資格が得られて地元で働ける弁護士や医者を志す傾向が伝統的に強かった。その子どもたちの世代は身近にモデルがおらずビジネスに目が向きにくい」と推測しています。また黒人とヒスパニック系の両親を持つ25歳のバルデス氏は、キャリア支援のプログラムを受け、大手銀行に勤務した経験から、「地元の黒人社会にとどまっていては、成功への手掛かりを見つけにくい」と語ります。
■オバマ氏がもたらした変革
今回オバマ氏が勝利したことは、黒人たちに大きな勇気を与えました。黒人、かつ貧しい地域で育ちながらも、奨学金を得てハーバード黒人法律学生協会に所属する23歳のベネット氏は、「黒人が大統領になること自体、歴史的な大変化。国民に巨大な心理的影響があるはずだ」と語ります。また父の代から黒人の権利向上を目指す公民権運動に携わる60歳のジョーンズ氏にとって、オバマ氏の勝利は「惑星直列(まれな天体現象)が起こったようだ」と、驚きを隠しきれない様子でした。
このように、選挙結果は、アメリカの1億人を超える非白人社会を、大いに刺激する可能性があるのです。
■日本に変革は起こるのか
翻って日本。人種・国籍を含めたダイバーシティは、まだまだ遅れているようです。
日本在住の外国籍の人は、選挙権も被選挙権もありません。
経済連携協定(EPA)や自由貿易協定(FTA)の締結も遅れており、「多様な人々が活躍できる国」までの道のりは遠いようです。
オバマ氏の当選にあたり、漫画家の江川達也氏がこんなコメントを寄せています。
「米国はすごい国。日本では選挙に出ても勝てなかっただろう」
残念ながら、これが現実ではないでしょうか。もしかしたら、オバマ氏は、日本で選挙に立候補すること自体、難しいかもしれません。
日本を、「すべての人に成功の機会が与えられる国」にできるか、否かは、オバマ氏を当選させたアメリカ国民の一票と同様、日本国民である私たち一人ひとりの手にゆだねられているのですね。
2008年11月6日付「日本経済新聞」
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